硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  39

2013-08-16 15:17:48 | 日記
夕食を終え後片付けをしているとメールが入って来た。どきっとして携帯を手に取りメールを開けてみると、夕子からのメールだった。内容は今日のお礼としばらくは実家にいるからいつでも連絡くださいという趣旨のものだった。

私も夕子と話せた事がとても楽しかったから、その気持ちを簡潔にまとめメールを送った。すると、瞬く間に返信が来て「絵文字を使った方が可愛く見えるよ。女子力上げなさい。(笑顔)」と記してあった。

メールと言えばほとんどが仕事か優一なので絵文字をわざわざ使う必要がなかったけれど、そう言われると何とか使ってやろうという気がする。ならば、今日、優一と話した事を絵文字入りで伝えてみようと試みた。でも、いざやってみるとなかなか骨が折れる。苦心しながらとりあえず作成し送信。

すると、返信されたメールの件名に「よくできました。」と記してあった。

一人で笑っていると、テレビを観ていた優一が「何一人で笑ってるの?」と聴いてきたから、「夕子からのメールだよ。旦那さんによろしくって。」と答えた。
すると優一は「あんまり頑張りすぎるなよ。て、伝えておいてよ。」と言った。けれども私は「うん。伝えておくね。」といって、その言葉は送らずにごまかしてしまった。

どうしても真実が話せない。あの時無理にでも話せていればすごく楽だったのにと後悔していた。

翌朝、優一を送り出した後携帯を観るとメールが入っていた。恐る恐る受信箱をクリックすると送信者は天沢君だった。
ドキドキしながらメールを読むと、明日の追悼ミサの詳細が記されていた。
少しだけ気が抜けたけれど、一昨日のお礼を兼ねて返信する。しばらくすると、メールが帰ってきて、「10時に迎えに行くので自宅で待っててください。」とあった。
私は躊躇いなく「助かります。よろしくお願いします。」と返信したあとで、夕子の助言を思い出し絵文字を使うべきだったかなぁと後悔した。

家事を一通り済んで一息つくと、今日は散歩に行こうと思った。歩いているといろんな事がクリアになってゆく気がするから、頭がもやもやする時は散歩に出かける事にしている。今日は何処まで歩こうかと考えながら、風邪をひかないように少し厚着をした。
外に出ると少し風が冷たいけれど日差しは温かく、空は何処までも澄み渡りとても青くて綺麗だった。駅までの道をゆっくりと歩いていると、ふと頭に浮かんだ。「そうだ、久しぶりに地球屋に行ってみよう。」と。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  38

2013-08-15 08:10:27 | 日記
「でもさ。例外としてだけど、浮気が本気になって、奥さんと離婚して浮気相手と再婚した人がいるよ。」

「うぁ~。駄目だぁ。私のキャパシティ超えたぁ!! でもでも、それで、幸せになったの? 」

私の問いに、優一は腕を組み「う~ん」と唸って暫く考えた。

「幸せかどうかは分からないけれど、最初の奥さんとは結婚してみたけど、いざ生活となると価値観があまりにも違いすぎて、ギスギスしてしまったんだってさ。でも、二人目の人は共通点も多いからすごく楽だっていってたよ。」

「ふ~ん。そんなものなのかなぁ。歩み寄る努力は必要ないのかなぁ。」

「努力ねぇ。生活なんだから、お互いに我慢するより楽な方がいいじゃん。」

「そうかな。そうかもしれないけど。」

「けど?」

「・・・よくわからない。」

「うん。よくわからないもんだよ。人の気持ちなんて100%分かりっこないんだから、それなりに分かっているってくらいでいいんじゃない。たしかに歩み寄る努力は必要かもしれないけれど、それだと、しならいうちに歩み寄りすぎてしまうかもしれない。それが正しい気持ちだって信じてしまえるほど確かならいいとは思うけれど、それだと、本当に都合がいい人になってしまうんじゃないか。だから、そこそこに相手を思いやる。これがいいんじゃないかと思うよ。」

「う~ん。たしかにそうかもしれない。じゃあ私の事もそこそこなの? 」

「嫌だなぁ。 雫さんの事は愛してますよ。」

「・・・ばか!」

でも、たしかにそうかもしれない。思いつめると大切な事まで見落としてしまうのだから、思いつめないように気をつけなくてはいけない。でも、今までどうしてこんな感情にならなかったのだろうか。ぼんやりとでしか愛とか恋とかを考える事がなかったから自分の気持ちがよくわからないのだろうか。
ちがう。天沢君への気持ちは長い時間をかけて私の中で大切に育んだ確かな気持であった。だから衝動的な感情に揺さぶられる事がなかっただけなのだ。
それが、昨日確かな気持ちを抱いていた彼が目の前に現れたから、今までには無かった感情が心のどこかから湧き上がってきたんだろうと思った。でも、そう考えている目の前で私の作った料理を美味しそうに食べてくれている優一を見ていると少し居心地が悪くなった。


耳をすませば。 彼と彼女のその後  37

2013-08-14 16:55:58 | 日記
「もういいわよ。」そういうと、優一は食事の手を止め真面目な顔をして、「駄目だよ。その話には続きがあるんだろ。構わず続けて。続けて。」と言った。

私は気持ちを取り直して「もう。しょうがないなぁ。」と言って、今日の出来事をなるべく重くならないように気をつけつつ、出来るだけ詳細に話した。すると優一は夕子の存在を思い出したようで、時頼深く頷いていた。

「なるほどね。原田も大変だね。」

「そうでしょ。もしかしたら離婚するかもしれないよ。」

「仕方がないよ。浮気がばれたんじゃあ・・・。旦那さん、もっと上手くやればいいのに・・・。」

「あっ。なに、今の発言! 浮気を擁護する感じは。」

「ええっ。擁護なんてしていませんよ。いつも雫は深読みしすぎです。」

「うううっ。それを言われると、返す言葉がない。」

「へへへっ。だろぉ。」

「でもさぁ、あんなに綺麗な奥さんを持っているのに、なんで浮気なんかしちゃうんだろうね。その心理が知りたい。」

「う~ん。心理かぁ。そう言われると答えに困るねぇ・・・。そういえば会社の先輩が浮気について熱く語ってた事があったなぁ。」

「なんて言ってたの。すごく興味をひかれる。」

「たしか、浮気は生活のハリだっていってた。」

「生活のハリ!!」

「うん。楽しみと言うか、日常のスパイスと言うか、そんな感じなんだって。」

「う~ん。わからない。」

「毎日和食ばっかじゃ飽きるだろって、たまには洋食や中華も食っとかなきゃってさ。」

「なにそれ。」

「なにそれって、俺に言われても・・・。でも、浮気ってそんなものらしいよ。」

そんなものと言われても、私にはうまく飲み込めなかった。どこかで、そんなものと言われる事に逆らいたかった。

「じゃあ、そこに愛情はあるの?」

「愛情かぁ。その先輩はその浮気相手と会っている時はその人のことだけ考えて愛しているって言ってた気がする。」

「都合良すぎ。」そう言うと、「たしかにそうだ!」と言って優一は笑った。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  36

2013-08-13 19:27:07 | 日記
家に着くと3時を回っていた。彼が帰って来るまでには程よく時間がある。今日のメニューはクックパットさんに助けてもらいながら少し趣向を凝らす事にした。そして、今日夕子に会った事を話そうと考えていた。

午後7時を過ぎた頃、優一が帰ってきた。今日の夕食はイタリアンである。我ながらうまく出来たものだと感心する。

「おおっ。美味しそうだねぇ。」

「今日はかなり出来がいいです。先にご飯食べちゃいますか?」

「うん。そうする。着替えてくるよ。」

そう言って、奥の部屋へと着替えに行った。いつもの光景。この平凡さが幸せだと思う。着替えから戻ってくると席に着き一緒にご飯を食べるこの風景も・・・。

「じゃあ頂きます。」

「どうぞ、めしあがれ」

「おおっ。このリゾット美味しいね。」

「でしょ。今日は腕によりをかけました。」

「やるねぇ。」

彼が嬉しそうにご飯を食べている時は、仕事がうまくいっている時だ。今日は少し込み合った話をしても大丈夫だと思った。

「今日ね、スーパーで、なんと原田夕子に会ったのよ。」

「原田?」

「えっ覚えてないの?」

「え~っと。原田でしょ。」

「あっ、その口ぶり。覚えてないんでしょ。」

「いや。覚えてるよ。たしか・・・。同級生?」

「ああっ。やっぱり覚えてないんだ。」

「まぁ、そんな事もあるよ。」そう言って苦笑いをした。

意外だった。夕子は昨日のように覚えていたのに、夕子が好きだったその「バカ」はすっかり忘れていたのだ。私は優一のいい加減さに少し呆れてしまった。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  35

2013-08-12 20:05:08 | 日記
「でもね。私の周りには、さっき雫が言ってたように「ズル」を上手く楽しんでいる人もいるわ。そういう人は「浮気されたんだからあなたもしちゃえば」ってためらいなく言うけれど、そう言い切れるのは、その人が浮気を悪い事だと思っていないからなのね。でも、それは価値観の違いだし、衝動は抑えられないものだから、悪い事だって言い切れないって思う自分もいるから複雑なのよね。だからと言って誰もがそのような価値観を持ちだしたらもう無茶苦茶になってしまうかもしれない。」

夕子の言った通り衝動は抑えられないものかもしれない。もし人が自力で衝動を抑える事が出来たなら、宗教は存在しないのではないかとも思った。

「もっと、シンプルに判断できれば楽なのにね・・・。」夕子はそう言って、ため息を吐いた。

「夕子は大人だね。私はほんとうに幼いなって思っちゃうよ。」

「ぜんぜん幼くないよ・・・。むしろ私の方が幼いかもしれない。」

「そんなことない。」

「そうかなあ。」

「そうだよ。私が保証するよ。」

「ありがとう。それは心強い。」

そう言って微笑んだ夕子は突然、「おなか減ったわね。何か食べようよ。」といって、メニューを開いた。緊張が続いた会話だったから、そう言われてお腹が空いていた事に気づいた。私は「何かおいしいものをたくさん食べていこうよ。」というと、「いいね。そうしよう。」と賛同してくれた。

食事をしながらたわいのない会話が続いた。夕子の高校大学時代の波乱万丈記は私の興味をかきたてるほどに面白かった。私も負けじとぐずぐずした学生時代の話を聴かせたら、夕子から「雫らしいわねぇ」という相槌を何度も聴くこととなった。

午前中に入ったファミレスは正午くらいには満席になり一時を過ぎたあたりから急に人影がまばらになった。気がつくともう4時間くらい話し続けていた。それは離れていた長い時間を互いに埋めるように続いていたけれど、夕子の携帯に「いつまで油売ってるの。早く帰ってきなさい。」と、お母さんからメールが届いてお開きとなった。その文面を私に見せて、「もうアラサーなのに、まだ子供扱いよ。」と言って笑った。

私と夕子はメールアドレスを交換し、またの再会を約束した。食事の支払いは「今日誘ったのは私だから此処は私が持つよ。」と、言ってさっと支払いを済ませてしまった。
最後まですべてにおいてスマートでかっこいい女性であった。
再び夕子の赤い車に乗ってスーパーの駐車場まで送ってもらい、そこで別れた。私は夕子の車が見えなくなるまで手を振り続けた。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  34

2013-08-11 06:11:45 | 日記
「そういえば、その頃、雫って、たしか・・・天沢君と付き合ってたよね。」

「うん。あっ。そうだ! 今度は、私の事も聴いてもらっていい?」

「おっ。なになに。いいわよ。なんでもこい!」

夕子の表情が明るくなった。

「昨日ね。その天沢君にあったの。」

「えっ! どこで? 彼ってたしか海外じゃあ・・・」

「彼のお爺さんが亡くなってね。その葬儀に私も参列したの。そしたら、天沢君も来ていて、会っていろいろ話をしたのね。」

「うん。うん。」

「でね・・・」私は天沢君への持て余している感情を思いのまま告白した。夕子は真剣に私の話に耳を傾けてくれていて、私が話し終わると、顔の前で両手を組んで事件を探る探偵のように話し出した。

「そういうことがあったのね・・・。それじゃあ一つ聞くけれど、雫は天沢君とはどこまで深く付き合ったの?」

「えっと、それはつまり・・・。」

「そう。何処まで男と女の関係をもったかってこと。」

「えっと・・・。手をつないで、文通して・・・。」

「なに。中学生止まり?」

「うん。そう言うことになるかなぁ。彼はずっと海外だったしねぇ。」

「じゃあ、もう少し彼と話しをしてみたら?」

「ううん・・・。」

「二人とも大人でしょ。」

「そうだけど・・・。それで、やっぱりこの人でなければ駄目と思ったら、苦しくってしようがなくなるじゃない。そしたら・・・そしたら・・・。」

「雫。ひょっとして今でも天沢君の事が好きなの?」

「それが・・・、よくわからないんだ。」

「もし、仮によ。彼とよりを戻すことになったら、私みたいな思いをする人が出来るってことになるんだよ。それでもあなたは天沢君に気持ちを伝える勇気がある? いばらの道を歩む覚悟がある?」

「・・・ない。」

「じゃあ、もう答えは出てるよね。」

「・・・確かに。」

「人を好きになる気持ちって大切だと思うし、それを好きな相手に伝えたら、相手にも気持ちに応えてほしいと願う。それは誰でもそう思うものよ。でも、それで誰かが不幸になったら、それでも本当に幸せと呼べるかしら。私は浮気された側だからそう思うのかもしれないけれどね。」

夕子の考え方は間違ってないと思う。同じ人を好きになり、私だけが上手くいったら彼を好きだった人はきっと悲しむだろうし、その逆の立場なら私も落ち込んでしまうだろう。誰かを傷つけずにいようとしたらどちらかが身を引くしかない。でも好きと言う気持ちはそんなにたやすく諦めきれるものだろうか。でも、自分の本心を心の奥に沈めることで、おとずれる幸せもあるのかもしれないとも思った。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  33

2013-08-09 19:29:49 | 日記
「あ~。話したら気持ちが楽になったわ。雫にあえてよかった。」

「ううん。私、何もしてないし、できていないよ。」

「そんなことないよ。雫だからこそ得られた言葉があるもの・・・。」

「雫だからこそ得られた言葉がある。」と言われ、こんな私でも何かの役に立てたという気持ちがとても嬉しかった。でも、話は意外な方向へ向かい出した。

「で、雫はどうなの? 上手くいっているの?」

「普通だよ。本当に平凡だけれどうまくいっていると思う。」

「あらそう。なんだか悔しいわね。」いたずらっ子のように無邪気に言った後、コーヒーカップを手に取りを飲んだ。その時、私は真実を話した方がいいのか、それともこのまま言わない方がいいのか、どうするべきかとぐずぐず考えていた。

「そういえば、初恋も、その失恋も雫に相談したよね。そして今度は結婚の危機の相談って・・・。なんだか不思議だよね。」

「ああっ。そうだったね。覚えてるよ。中学生最期の夏休みの時でしょ。」

「あの失恋は思い出深いわぁ。失恋って後にも先にもあれ一度だけだもの。」

「えええっ!! そっ、そうなの?」私はひどく動揺した。そして、踏み込んではいけないところに足を踏み入れたような心持がした。

「野球部の杉村。」

その名前を聞いて鼓動が速くなった。

「あのバカ。今頃なにやってるんだろうね。今の私のこの美貌を見せて、後悔させてやりたいわ。」

「ハ、ハハハハッ。 そっそうね。なにやってるんだろうね。あのバカ・・・。」

「でもね。あんなに純粋に好きになったのは後にも先にもあれっきりだわ・・・。もし、あの時、杉村君が私の事を好きだって言ってくれたら、私・・・。彼の事ずっと好きでい続けられたと思うのよ・・・。そう考えるとね。すごく残念な気持ちなる。もう、結婚しちゃったのかなぁ・・・。」

その言葉を聞いて真実を話す機会を失ってしまった。もし、真実を話したらこの場の空気がどう変わってしまうかそれが怖くて私は真実を飲み込んだ。でも、それはさらに自分自身を苦しめる事になってしまうのではないかと思っていたけれど、どうする術も持ち合わせていなかった。

耳をすませば。彼と彼女のその後  32

2013-08-09 06:13:35 | 日記
「そうそう。性格ってなかなか直せないね。私もこのぐずぐずした性格を何とかしたいって思ってるけど、思っているだけで、なんともならないんだからときどき嫌になるんだぁ。」

そう言って二人で笑った。

「恋愛も同じね。思うようにはならないものなんだわ・・・。」

「うん。私もそう思う。」

「それでも、やっぱり・・・。両想いの人がいたらいいなぁ・・・って思うよね。 辛い時、はげましあってがんばれたらって・・・。」

「うん。」

「浮気されてしまった原因は私にもあるとは思うけれど、でも、それは話してみないと分からないし、私の頑張りだけじゃあどうにもならないものね・・・。たしかに両想いで結婚したわけではないけれど、それでも想っていれば、いつか両想いになるんじゃないかと思っていたのに・・・ね。」

夕子は本当に旦那さんの事を想っていたんだなと感じた。それなのに、旦那さんは、浮気してしまった。その行為が夕子の心をどれほど傷つけているか分からないんだろうかと思った。

「夕子。大丈夫?」

夕子は目にいっぱい涙をため、こぼれないように唇を少し噛みしめていた。私が声をかけたら、慌ててハンカチを取り出し涙を抑えた。

「うん。大丈夫。ふふふっ。いやあねぇ。涙もろくって。」

私はじっとして夕子が話し出すのを待っていた。ここで何か話しかけても上手く癒す事が出来ないと思ったからだ。

「なになに。本当に大丈夫だって。これ位の事で負けてられますか。」

そう言って、無理に笑顔を作って見せた。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  31

2013-08-08 07:51:00 | 日記
「私じゃあちょっと手に負えないかも・・・。う~んとね。そういえば、心理学の先生が、夫婦が相手を理解しようと思ったら、理性だけで話し合うのではなく「井戸」を掘らないと駄目だっていってた。」

「井戸? 井戸って、水を汲むあの井戸?」

「そう井戸。まぁ、私もよくわからないんだけれど、共に苦しみを分かち合い最終的に水脈を掘り当てるって事らしいんだ。でも、不思議なのは、別にしなくてもいいとも行っているんだよ。」

「?」

「えっとね。たしか・・・、『自分は不幸だ不幸だと嘆いて、人に迷惑かけるくらいなら、離婚するのも一つの方法』だって言ってた気がする。」

「ああっ、そういうことね。」

「愛し合って結婚したら必ず幸福になるという事はないんだって。本当に相手を理解しようとするなら、共に苦難の道を歩まなくてはならないだろうっていうんだよ。でも、どうなんだろうね。私としては毎日楽しくありたいと願うのはダメなのかなと思ってしまうんだよ。」

「うん。たしかに。」

「でも・・・。私だけが楽しければいいってわけじゃない。相手も楽しくなければ関係が成り立たないと思うし、一方的に我慢するというのも間違っていると思う。」

「うん。うん。」

「だから、関係を保とうと思ったら互いに気を使い合わなくてはならないという事なのかもしれないね。」

「なるほどねぇ。」

「でも、ある思想家の人は、インテリの社会ほど一夫一妻制ではないと言っててね、表面的にはそのように振舞うけれど、どちらかが「ズル」をして表面的に添い遂げたことにしてしまっているって・・・。あとね。おしゃべりしている男女が立っている地面の下には因習とか伝統とか家族制度という泥沼、男と女が個人と個人でいられない泥沼がある事を見ないでいると間違うって言ってた気がする。」

「へぇ~。すごいね。さすが図書室の主。」

「すごくないよ。言葉にはできるけれど、それだけだから・・・。」

「いえいえ。それでもすごいと思うよ。私なんて頭では分かっているけれど、すぐ感情的になってしまうのよ・・・。直さなきゃって思うんだけれど・・・。性格ってなかなか修正できないものね。テニスのスイングなら修正できたんだけれどね。」

そう言って夕子は暗い話題を払拭するように笑った。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  30

2013-08-07 05:40:03 | 日記
私も私から好きになった人と結婚したわけではない。だから、私でも夕子のような環境にその身を置かれた時、最初に感じるのはその時の自分の気持ちだろう。それが不快なら、不快な気持はしぼむ事なく膨らみ続けるだろう。そう思うのは、人が人を赦す事が出来れば、世界はもっと平和なはずだからだ。

「愛情」という言葉を無意識に使ってしまったけれど、そもそも「愛情」って何なのだろうか。よくわからないまま「愛情」という言葉を使うから、本質が分からないのかもしれない。いや、もっとシンプルに考えた方がいい。

恋愛の根源は誰かを好きになる事だ。私自身が相手を好きになり、この人でなければと思うほど好きであれば、どんな困難でもその道を進んでゆけるのではないだろうか。なぜなら、そこには苦楽を共にする覚悟があるからだ。でも、言い寄られ歩み寄る結婚は少し違う。最初に好きという気持ちがないから、困難な道を共に歩んでいきたいという覚悟が存在しない。その気持ちを生活の中で育めればいいのだけれど、育む事が出来なければ一度亀裂が入るともろいような気がする。

歩み寄った関係に亀裂が生じても、その関係を維持したいと願うならば、維持しようとする努力が必要になるのかもしれない。それが、覚悟を育むという事でもあるんじゃないだろうか。でも、そもそも人を好きになる事に努力って必要だろうか。いや、結婚と恋愛は何かが違うから分からなくなるんじゃないだろうか。でも、それさえも私にはわからない。だから、私には彼女にとって適切な言葉を持ち合わせていない事だけは理解できた。

「そうかぁ。じゃあ、旦那様との生活を続けたいって思う気持ちってある?」

少し考える夕子。不意に窓の外に目をやり遠くを見つめた。

「そうね・・・。続けたいという気持ちがないわけじゃない。でも、非があるのは彼の方だし、彼が謝らない限り私も許す事が出来ないと思う。浮気は男の甲斐性だって言えるくらい心が広ければここまでこじれたりしないけど、そんな簡単に割り切れる事じゃないでしょう。それに・・・。もし彼と別れたとしても、子供はいないし・・・、こう見えて案外仕事は出来る方なのよ。だから、別れても何とかなりそうと思う自分もいるのよ。」

そう言っておどける夕子。たしかに出来る人だから生活には困らないだろし、この美貌なら新しい恋人もすぐ見つかるだろう。もしかしたら、彼女の中ではもう答えを出しているんじゃないかとも思えた。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  29

2013-08-06 08:07:25 | 日記
「で、売り言葉に買い言葉で「いいわよ。いくらでも離婚してやるわよ。」と言っちゃってねぇ・・・。」

「ええっ!そんな事言ったの! 夕子って強いねぇ。私だったら泣いちゃうよ。」

「そうかなぁ・・・。そうかもね。高校、大学とテニス漬けだったから、それで度胸がついたのかもね。」

中学の時コーラス部だった夕子は高校に入るとテニス部に入部した。本人は吹奏楽部に入ろうと思っていたみたいだったけれど、小学生の頃から仲よくしていた先輩がテニス部にいて、「すごく面白いから。」と言って、入部を勧めらたらしい。でも、いざテニスを始めてみたら、もって生まれたセンスもあってかインターハイの準決勝に進出するほどの腕前になっていた。

「テニスならガンガン攻めていけるんだけれどねぇ・・・。こんな時、雫ならどうする?」 

私がそんな質問に応えられるわけがない。でも、親友が助けを乞うているのだから、私なりにでも何か言葉をひねり出さなくてはと思った。

「う~ん。どうだろう・・・。たぶん、私ならどうする事も出来なくて、やっぱり泣いているか、それとも怒り散らしているかどっちかだと思うよ・・・。夕子よりひどい事になるんじゃないかなぁ・・・。 でも、何か考えなければならないのなら・・・。お互いにまだ愛情という気持ちがあるかどうか・・・。そこがはっきりしていないとどうにもね・・・。」

そう言うと、夕子は少し困った顔をした。そして、小さく「愛情ねぇ」と言って少し考え込んだ。

「そうね。愛情は・・・。無いような、あるような・・・。でも、彼にはないでしょうね。だって浮気する位だもの。」

「うぅっ。そうか・・・。じゃぁ、冷静になってもう一度話し合ってみるというのはどうでしょう。」

「それも無理ね。お互いに意地張っちゃって・・・。私も負けず嫌いだし。」

う~ん。弱ったな。それに加えて夕子が「負けず嫌い。」と主張した事も驚きだった。

「じゃあ。どうして彼と結婚したのかを思い出してみるというのは?」

「私から好きになったわけじゃないし・・・。そこなのよねぇ。」

夕子の話を聞いてハッとした。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  28

2013-08-05 07:55:17 | 日記
店員さんからメニューを聞かれると、夕子は「フリードリンクを2つ」と注文した後で「食べ物はまた後で頼みます。」と言った。店員さんは「ありがとうございます」とお礼を言った後、フリードリンクコーナーの説明をして去って行った。すると夕子が席を立ち「荷物見てて。その代わりに私が飲み物採ってくるから。なにがいい? 」と言った。私はあわてて「じゃあ、オレンジジュースを」と言うと、「OK!」と、とてもいい発音で応えて颯爽と歩いて行った。

片手にオレンジジュースを、片手にマグカップを持って笑顔を見せる夕子。前の方で食事をしていたスーツ姿の男性4人組が食事の手を止め夕子を見ていたのが見えた。なんとも滑稽な光景だったけれど、夕子がいかに美しいかが証明された感じがした。

「はい。オレンジジュース。」

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

夕子はブラックコーヒーを持ってきたようだ。湯気が立ち昇るマグカップを両手で持ち、少しずつ飲んだあと、ためらうように語り出した。

「実家に帰ってきてるって言ったでしょ。あれはね。実は彼が・・・ね。浮気しててね・・・。 最悪でしょ・・・。この間、たまたま彼が携帯を家に忘れて行った事があってね、届けようと思ったんだけど、興味が湧いて思わず携帯のメール見ちゃったのね。まぁ、それがいけなかったんだけれどね・・・。そしたら、ハートマーク入りの文字がいっぱいあってね。それが、出張に出かける前日にもあって・・・。出張と言いながら、他の女と旅行に行ってたのよ。私、くやしくなってね。そのまま家を出ちゃったの。」

「ええええっ。」

「でね、家を飛び出したら謝ってくれるかと思ったんだけれど、逆に開き直って、「なんなら、離婚してもいいんだぜ。」とか言うのよ。頭きちゃうわ。」

圧倒されている。また私は彼女に圧倒されている。そんな話は昼のメロドラマか、週刊誌の小説だけの世界かと思っていたけれど、現実は小説より奇なりとはこの事だと思った。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  27

2013-08-04 07:42:30 | 日記
幹線道路沿いにあるファミレスに向かう。 車内のステレオはFMラジオがついていて、DJが身近な話題を面白おかしく軽快に話していた。夕子はステレオのタッチパネルに指を伸ばしボリューム下げて話し出した。

「ほんと・・・。久しぶりねぇ。」

「そうだねぇ。」

「最後に会ったのはいつだっけ。」

「う~ん。たしか高校に入って、最初の夏休みに遊んだ以来じゃない?」

「ああ。そうそう。あの日ね。たしか・・・久しぶりに会わないって電話したんだっけ。それで、お買い物行って、映画観て・・・」

もう、17年くらい前の話なのに昨日の事のように記憶が蘇ってくる。私と夕子は親友だったけれど進む道は違った。成績優秀だった彼女は都内のお嬢様学校へ進学した。そして、その年の夏休みに再会したのだが、私の知らない世界へと踏み出していた夕子に圧倒されっぱなしだった事を今でも覚えている。

「あの時は、ほんと面白かったわぁ。」

「うん。楽しかったね。今思うとくだらない事でもよく笑ってたね。」

「そうそう・・・。雫とはいい想いでしかないわぁ。」

そう言って、夕子はとても楽しそうに話していたけれど、私の胸がちくっと小さく痛んだ。

ファミリーレストランの駐車場に車を止めお店に入る。店員さんが禁煙席と喫煙席のどちらが良いか尋ねると夕子は「私はタバコ吸うけれど、あなたは?」と、聴いてきた。
「あの夕子が」と、タバコを吸う事に驚きを感じたけれど、私は「すわないよ。」と答えると、「じゃあ、禁煙席へ」と返事をした。彼女の一挙手一投足には感動してしまう。

窓側の席に座りメニューを手に取る「とりあえずドリンクかなぁ」といって、私を見た。

「あっ、そうね。それでいいと思うよ。」

「じゃぁ、とりあえずね。」といって、ボタンを押した。そして、間髪いれず、

「で、最近どうなの? 雫の本が出版された時は本当に驚いたけれど、今でも何か書いているの?」と、聞いてきた。

「うん。今、雑誌のコラムを担当させてもらってて、今日も朝からそれをやっつけてきた所。後、次回作を考えてるんだけれど、なかなか思うように進まないんだぁ。」

「へぇ。そう言えばあの頃、暇があれば図書館へ通ってたし、文才あるなぁとは思ってたけれど、職業にしちゃったのね。すごいわ。」

「ううん。 すごくないよ。かろうじてやれているだけだよ。それより、夕子は今何してるの?」

夕子は目の前にあった水を口に付けて、一つため息をついた。

「実はね。今、夫と別居中なのよ。」

「えええっ!」

「ふふふ。驚いた。」

「そりぁ、普通、驚くでしょう。」

「そうか・・・。雫は驚いちゃうんだね・・・。」

それがどういう意味を持っているのか私にはわからなかったが、あえて聞くことはせず夕子が発する次の言葉を静かに待った。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  26

2013-08-03 08:08:36 | 日記
ファッション雑誌から抜け出てきたような出で立ちで、「モデルをやっています。」と言われても不思議ではないくらい綺麗になっていて、容姿端麗とはこういう人の事を指すんだなと思うほどだった。

「お買いもの?」

「あっ。ああっ。そ、そう。今日は特売日だからがんばっちゃった。夕子こそどうして?」

「私? 実は・・・。ちょっと実家に帰ってきてて、今日は母に頼まれてお買いもの。」

「あっ。そう言えば風の便りに聞いたけれど結婚したんだってね。」

「まぁ・・・。そうね。」

何やら浮かぬ顔をしている。夕子にとってこの話はタブーだったのか。そう思っていると夕子が話を続けた

「そうだ! 雫。今から時間ある? よかったらちょっと話さない?」

「いいね。いいよ。久しぶりだしね。それにきょうは冷凍食品買わなかったから大丈夫。」

少し曇った顔をしていた夕子が笑った。それを見てなんだかほっとした。

「雫らしいね。そういうの。」

「そうかなぁ。自分では分かんないんだけどね。」

「じゃあ、私の車に乗って。話し込むんだったらファミレスがいいと思うけど。それでいい?」

さすが夕子。美しいうえに、即断即決。私とは対照的だ。だから彼女についてゆけば間違いないなと思った。

「あれが私の車。」そう言って指差す夕子。

指差す方向には真っ赤な可愛い左ハンドルの車があった。「どうぞっ」と言われドアを開けて助手席に座る。しかし、普段乗っている車の運転席側が助手席だと不思議な感じがする。私が物珍しそうに車を見ている横では、颯爽と真っ赤な車を走らせる夕子の姿があった。一瞬見とれてしまい、おもわずかっこいいなと思ってしまった。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  25

2013-08-02 07:27:37 | 日記
翌朝。彼を送り出してから、依頼されていた雑誌のコラムに取りかかる。こんな私でもコラムを持たせてくれる雑誌社には足を向けて寝れない思いだ。だからいつも全力で挑む。これが私のポリシーであるけれど、今日は一向にキーボードをたたく手が進まない。
不意に携帯を手に取りアドレス帳を見る。そしてため息。

「メール・・・。した方がいいのかなぁ。それとも待っていた方がいいのかなぁ・・・。」

ふいに、「揺れる~想い~ぃから~だじゅう~感じィいてぇ~。」思わず口ずさむ。

「あ~。いけない。雑誌社の方に申し訳ない。集中。集中。」

気持ちを切り替えてパソコンのモニターに向き合う。さらに今日は近くのスーパーの特売日だから、開店と同時に行かなければ本日の目玉商品の卵が売り切れてしまう。なんとしてもこの過酷なミッションを午前中に済ませるのだ。

うんうん唸りながら、コラムを書きあげ雑誌社に送信する。クリック一つで原稿を送れるなんて、なんていい世界なのだろう。インターネットがあって本当によかったと思う瞬間である。

さぁ次に買い物だ。トートバックを手に取りスーパーに向かう。今日も穏やかで日差しが暖かい。もうマフラーはいらないな。そんな事を感じながら団地の階段を下りると同じ棟のおばさまたちが話に花を咲かせていた。

「おはようございます。今日もいい天気ですね。」

「あら、お早う。雫ちゃん。今からお買い物?」

「はい。今日は特売日だから、ちょっと気合入れて行ってきます。」

「気をつけてねぇ。」

「行ってきます。」

子供の頃からの付き合いだから、知っている人ばかりで人間関係は極めて良好だ。これがこの団地に残った理由の一つでもある。
駐輪場に止めてある自転車の前かごにトートバック入れ、自転車のペダルを踏んだ。

通勤時間が過ぎ道行く車も幾分減って自転車を漕いでいても気持ちがいい。歩道の植え込みに咲くスィートピーが風に揺れている。街路樹の桜のつぼみが小さく膨らんでいる。どこかで洗濯機を回す音が聞こえ洗剤のいい香りが漂ってくる。すれ違うお年寄りはゆっくりと散歩をしている。いつもの少し遅めの朝の風景だ。

スーパーの開店と同時に飛び込み、あらかじめ広告でチェックしておいた商品をめざす。
ぐずぐずしているとあっという間になくなってしまうのだから気が抜けない。
何処に何が陳列してあるか私の頭の中にマッピングされているから、わき目も振らずにさくさくと買い物を済ます。これが私のルールだ。

レジを済ませ、トートバッグに戦利品を詰めていると、後ろから誰かが私の名前を呼んだ。

「月島? 月島雫じゃない?」

どこかで聞いた懐かしい声だ。思わず振り返る。

「えっ。あっ。夕子?」

「いゃ~雫~! ひさしぶり~。」

そこにいたのは、中学のクラスメートだった原田夕子だった。