日本のテレビ放送と私は同い年らしい。
大相撲の朝潮が活躍している時代。
テレビは、田んぼ一枚と同じ金額の高価な買い物だったらしい。
田んぼは売っていないと思うけれども、私の育った家には、テレビがあった。
『工面が良い家』だったらしい。
祖父が大相撲を見ていたのがテレビの一番古い記憶だ。
テレビには良い思い出が全く無い。
嫌な思い出ばかりだ。
上に兄が三人もいたので、幼い私にチャンネル権は全く無し。
プロレス。西部劇。ボクシング。?
見ていないから知らない。
嫌だったのが、夕飯を食べた後兄の同級生や、近所の人たちが、家にテレビを見に来ること。
農作業に一日中精を出し、夕飯を食べようという時に大勢の人が押しかける。
母は、また一仕事。
サツマイモの蒸かしたのや、トウモロコシ、スイカなど色々出してもてなしていた。
勿論後片付けもする。
幼い私は、母に今日の出来事を話したくてたまらないのに、テレビのおかげでゆっくり家族団欒が出来ない。
「テレビはおかずじゃない。」と祖父は良く言っていた。
家にテレビがあるのに、テレビが無い家の子より、テレビ番組のことを知らない子だった。
テレビには、ミシンカバーと同じような織物のカバーが掛けてあった。
家の中心のお仏壇の前に四本足で立っていたテレビ。
まさか、テレビの中に写るなんて当時の私は全く想像していなかった。