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日本酒の需要はほかの酒類に押され低迷している。長く続いた造り酒屋が閉じる姿を見た。焼き杉の板で囲まれた大きな酒蔵が消え、見慣れていたコンクリート製の煙突が姿を消すと、とてつもない広場が現れる。その見慣れない広場に子どものころ怖さを感じた。
2年ほど前にもほかの1軒がその姿を消した。大型の重機はなんなく歴史をひきちぎり、小さな破片に変えていく。親しんで眺めてきた煙突がモンスターの頭のような重機でかじりとたれる様子は、持ち主でなくても何かを失うようだった。
酒蔵は消えても水は残った。酒と水、切っても切れない関係だ。錦帯橋の架かる錦川の伏流水が美味い酒を作らせた。酒蔵の閉まった後でも水を求めてタンクローリーが日本の味を継ぐためにやって来ていた。
空き地のひとつはマンションが建ち、もうひとつは分譲宅地に変わり、新しい息吹が始まっている。一方で、市内のある酒造メーカーでは「純米大吟醸 磨き二割三分」という酒、増える需要をまかなうため設備の倍増を図ったという、うれしい便りもある。
日本の味、日本酒、ここにも盛衰の歩みが刻まれる。
(写真:煙突が消えると周辺の感じが変わる)