二宮尊徳 1
二宮金次郎と呼ばれ尊徳とも呼ばれる。尊徳は「そんとく」でなく「たかのり」と読むよう説得した文もある。これまで通り「きんじろう」と「そんとく」で通す。
終戦直後、小学校に入学した時、校門の近くに二宮金次郎が、高い台の上に立っていたようなかすかな記憶があるのだが、定かでない。本を読みながら背負子を背負い働く姿は日本道徳教育の基をなした。次の一から三は明治44年文部省の尋常小学唱歌に載っている「二宮金次郎」の歌。1番はそらんじており、今も口ずさめる。
一 柴刈り繩なひ草鞋(わらぢ)をつくり 二 骨身を惜(をし)まず仕事をはげみ 三 家業大事に費(つひえ)をはぶき
親の手を助(す)け弟(おとと)を世話し 夜なべ済まして手習(てならひ)読書 少しの物をも粗末にせずに
兄弟仲よく孝行つくす せはしい中にも撓(たゆ)まず学ぶ 遂には身を立て人をもすくふ
手本は二宮金次郎 手本は二宮金次郎 手本は二宮金次郎
二宮尊徳は1787年~1856年の人。高さ90センチくらいの尊徳像が白壁の崩れかけた蔵を背に軒下に立っている。散歩や所用で何十年も通っている道の奥まったところ、古物商の軒下にある。製作時期を尋ねたが定かでないが明治維新前後らしいという。長い年月、自然にさらされ茶色い汚れも目につくが、青色の部分からブロンズ像かと思う。読んでいる本の文字など少し観察してみよう。
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