a letter from Nobidome Raum TEE-BLOG

東京演劇アンサンブルの制作者が、見る、聞く、感じたことを書いています。その他、旅公演や、東京公演情報、稽古場情報など。

アントウニオウへの手紙

2011-10-03 12:44:06 | 東京公演
アントウニオウからメールが来ました。

「僕のお客さんから届いたシャイロックの感想文です。
もしもお役に立つようなら、レターなどに転載OKと、本人の許可をもらっています。
ちなみに名前の公表可です。」
竹口



とのことでした。
こちらで紹介させていただこうと思います。


今年
3月11日の東日本大震災で福島第一原発が事故を起こした際、
仕事を放り出して真っ先に東北、
あるいは日本から逃げ出したのはフランス人と中国人だと聞いた。
なぜか?
フランスは原発先進国であるがゆえに、
原発事故の恐ろしさを熟知しているからであり、
中国人は「お上(政府)の言うことは信じられない」環境に育ったからだという。

では、われわれ日本人はどういう風に海外から見られたかといえば、
大震災直後にもパニックに陥らず、
秩序を乱さず、
他人を思いやると賞賛されたと聞く。
だが本当にそうだろうか?
逃げ出さなかったフランス人や中国人もいたはずだし、
パニックになった日本人もきっといたはずだ。

われわれはしばしば「だから中国人は!」などと総括しがちだ。
しかし、そこにいるのが「中国人」ではなく、
「李さん」という親しい友人だったらどうだろう?
友人に「君は中国人だからこうなんだ」と決め付けるだろうか?
歴史的な背景から時に反目しあう中国人と日本人であっても、
名前があり、
血の通った付き合いのある友人を国籍や民族で差別したりはしないはずだ。

東京演劇アンサンブルが今回上演した「シャイロック」は、
まさにそうした「人は人として他人にどう向き合うのか」ということを問いかけた芝居だった。
そこに出てくるシャイロックとアントウニオウは、
人種の壁を越えた親友であるがゆえに苦しみに突き落とされる。
イギリス人作家アーノルド・ウェスカーの描く苦悩は、
太宰治や夏目漱石などとも通じる極めて日本的なものでもあった。
それはこのテーマそのものが人種を超えて普遍的なものであることを気づかせる。

一方で、心の奥深くしみついた憎しみによって壊れていく恋人の愛や届かない親から子への愛、
といった「かなわない愛情の形」も絡み、
人を愛するということの難しさも考えさせられた。
シャイロックが娘のジェシカへ注いだ愛情は、
娘にとっては過分で疎ましくあったかもしれない。
しかし、われわれは知っている、
ジェシカはその愛情にいつかきっと気づく日がくることを。

東日本震災で壊滅的なダメージを受けた今、
日本は新たな「絆」を必要としている。
愛は見返りを求めない。
シャイロックが命がけで守ろうとした友情、真実の愛、には覚悟すら必要だった。
それが自分にあるか、もういちど問いただしてみようと思う。

(木本一彰)