輪島市白米町、どこだったかで手にしたパンフレットの中に紹介されていた「白米(しらよね)千枚田」・・初めてその写真を見たときの感動は今も鮮明に記憶に焼き付いています。 日本海に面した急斜面、小さな田が幾重にも重なって海岸まで続き、その先に見えるのは白砕ける波。深い群青の海。
かねてより憧れ、機会があれば是非にと望んでいた美しい絶景。「道の駅・千枚田ポケットパーク」の展望台からは、その白米の千枚田を見渡せる事が出来ます。あの畝の一つ一つが独立した一枚の田んぼだとして、実際にはどれほどの数になるのか・・ 隣で酔狂に数えていた人が「千枚も無い!」と断言していましたが、ねぇ、多分ここからでは見えない場所もありますよ。
「千枚田」の語源については、数が多いからの他に、「狭い田」からの転という説もあります。 最も小さい田の面積は0.2平方メートル、一辺の長さが20センチと言うと分りやすいかもしれません。稲の苗・・何本分でしょう?畦に立つ私の身長は、かなり!低いのですが、ここに立っていると結構大きく見えませんか(*^^*)
高洲山の裾野の1.2ヘクタールにわたる急斜面に沿って、幾重にも重なる田んぼ、その数1,004枚。 1枚の田の平均面積は18平方メートル程で、栽培は昔ながらの手作業で行なわれています。・・・確かにここに機械を入れるなんてとうてい無理な話。
田圃に必要不可欠の水は、寛永15年(1638)頃に作られた谷山用水が利用されているとか。 用水が作られたのがおよそ380年前と云われていますから、おそらく稲作はもっと以前からなされていたのでしょう。
かつては、田の下の土地で製塩も行われていましたが、海岸の浸食で塩田は水没してしまったそうです。
働くにはあまりにも過酷な・・・、ですが鑑賞の対象としてはこの上なく美しい「白米千枚田」。どの季節に訪れようとも、その時々の美しさが私の心をひきつけます。2015年5月、田に水が張られたらもうすぐ田植えの季節、米作りで一番大変な作業が始まります。
2011年10月、稲刈りが終わった後の田圃はまるで大役を果たして満足しきったようにゆったりと・・・。実際に見る事は出来なかったけれど、苗が青々と風にそよぐ様も、黄金の稲穂が頭をたれて輝く様も、きっと素晴らしい光景だった事でしょう。
それにしてもこのような過酷な場所に、これだけの田圃が作られた理由とは一体なんだったのか。 それを日本人の勤勉さと言う言葉で片付けてしまうには、あまりにも想像を絶する環境です。
能登を代表する美しい絶景は「日本の棚田百選」は無論のこと、2001年には「国の名勝」に、2011年6月には「世界農業遺産」に認定されました。これまで多くの棚田を見てきましたが、これほど息を呑む光景は、おそらく初めてだと思います。
訪問日:2011年10月16日&2015年5月23日
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます