昨日に続く金刀比羅宮。段数は半分を超えて477段。社務所門と、その奥に書院があり、『円山応挙』の襖絵などが公開されていますが、先を急ぎます。
社務所門で左折すると玉垣と石畳の広場、石段は丁度500段。木馬は、高松城主『松平讃岐守』から献納されたもので、京師田中環中斎弘教宗圓の作。
でもどんな名人の作でも、広場中央の楠木の大樹の奥で優しく外界を見守る神馬の「月琴号」の美しさには敵いません。漆黒の瞳を見ていると、雨の参拝で疲れた心が和みます。
神馬は神様がお乗りになる馬ですが、それとは別に、サラブレッドの黒馬「トウカイ・スタント号」も奉納されています。GⅠ優勝馬「ホリスキー」を父に、「トウカイ・ジュノー」を母に持つ、生粋のサラブレッドだそうです。
広場には「今治造船」から奉納された巨大な真鋳製のスクリュー(19.2t)が、薄暗い雨の下で輝きを発しています。傘も持たず、合羽も持たなかったご亭主殿、全身びしょ濡れのまま、もはや開き直って隅から隅まで歩き回っています😅
石段の数は628段、やっと「旭社」まで来ました。御祭神は『天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神・天津神・国津神・八百万神』。天保8年(1837)に建立された銅瓦葺の二層入母屋造の建物は、金刀比羅宮最大の木造建築物で、神仏分離以前の松尾寺の金堂だったもの。
参拝順としては、本社のお参りを済ませて後に旭社への参拝となっているので、ここは休憩をかねて見るだけ😅 丁度「旭社」の正前に回廊が作られており、ここでたくさんの方が休憩をされています。ご亭主殿も流石にお疲れのよう・・・・
旭社を左手にみながら、廻廊に沿って北へ進み、唐銅の鳥居をくぐります。・・・自力で「本宮」までなんて、相談した医師からも、知人からも「絶対に!無理!」と言われましたが、ここまでの652段、あと少し😠 。
『建速須佐之男尊・后の神:奇稲田姫尊』を奉る「真須賀神社」。神域を守護されるのは文化7年(1810)建立、尾の形状などが神殿狛犬を思わせる一対。
「旭社」から「本宮」へ・・・最後の石段「御前四段坂」は、四段階に分けて造られていることから名付けられた名称。それぞれ数十段の石段が続きます。そして・・・本宮に到着!!! 「大丈夫か?」のご亭主殿の声にVサインで応える私・・顔をぬらしているのが雨なのか、へたり込みそうな安堵の涙なのか、本人にもわかりません。
強い雨の中にもかかわらず多くの参拝者でごった返す本宮ですが、残念ながら展望台から見える下界は真っ白いモヤの中。その所為もあってか、長く留まる人は居ません。
本宮拝殿と北渡殿で繋がる「神饌殿」。入母屋造檜皮葺の美しい建物ですが、それも高覧の影から眺めるだけ・・。渡殿の庇に隠れるように座り込んで、もつれそうな足にしばしの安息を。
本宮近くで待機する私に代わって、ご亭主殿が境内社の狛犬さんを画像に収めて来ました。こちらは『大国玉之神』を奉る「境内社:睦魂神社」のご神域を守護される明和2年(1765)8月吉日建立のブロンズ製の狛犬さん一対。燃え盛る炎のような尾に、踏みしめた四肢の鋭い爪が、迫力満点。
ご亭主殿が帰ってきた所で、旭社に向って帰ることにします。さすがに奥宮まで行くのは、晴れていても無理だと言われていましたし、この雨では悩む余地すらありません😅、 続きは明日のブログで。
参拝日:2011年6月18日
今から9年前、それでもきつい階段でした。
その時は3泊4日で、香川県の4ケ所の七福神めぐりに来ていました。
撮った写真を見ていると参拝時間は短かったようです。ゆっくり再訪したいですが、階段を考えると??ですね。
私たちも、もう一度リベンジしたいと思っていましたが・・・・
結局、香川県に行っても金比羅山の前は素通りでした(^^;)
あの石段・・やっぱりネックになりますね。