守田です。(20130710 13:00) (0717訂正・追記)
昨日は原発新基準が安全性を担保できない格納容器の問題を放置していることを指摘しましたが、その続きを書きたいと思います。
この安全性を担保できない「最後の砦」、格納容器における新基準のあやまりは、もうひとつあるということです。加圧水型の格納容疑は沸騰水型より安全だとして、非常時用のベントの設置を5年先まで猶予していることです。
ここには二つの誤りがあります。一つは安全性の考え方に確率をしのばせる発想が色濃く出ていることです。ベントはなぜつけるのか。ある確率で、格納容器が壊れうるということが認識されたからです。しかし確率が低いから5年は猶予するとなっている。
しかし福島原発事故で破綻したのは、こうした確率論的な考え方です。どんなに小さいものでも、事故の確率があるものは、いつかは必ず事故に見舞われるのです。だからベントをつけるわけですが、その際、明日事故になる確率だって厳然として存在しているのです。
にもかかわらず、確率が非常に小さいからないことと同じだという考え方に原子力政策は支配されてきました。しかしその小さい確率のものが、すでに、スリーマイル島、チェルノブイリ、福島と続けて起こったのです。
そのためどれほど小さく計算された確率であろうと、起こりうる事態、最悪の事態を想定し、そのリスクを負ってまで発電を行う必要があるかどうかを社会的に論議すべきなのです。あらゆる技術で「絶対安全」という領域はありえず、だからこそ起こりうる事態は許容しうるものかどうかを社会的に決しなければいけない。
それから考えれば、再び三度、「過酷事故」がどこかで起こる可能性は十分にあります。にもかかわらず5年もの猶予を与えるのは、再び事故の確率が小さいことを事故がおきないことと同等にみなすのと同じことです。この発想そのものが福島事故で破産したことを踏まえていない。
さらに加圧水型の方が安全なのかといえば、そんなことはないことを見落としていることです。何が無視されているのでしょうか。一つは加圧水型は沸騰水型に比べて、水素爆発の可能性が高い点です。
沸騰水型は、燃料が加熱して燃料ペレットを覆っているジルコニウムが溶けると水素が発生し、水素爆発の危険性が生じるため、内部を窒素で満たしてます。このことで水素と酸素がいい塩梅の比率になって大爆発してしまうことを避けているのです。
ところが加圧水型はこの窒素封入がされていない。このため同じように起こりうる水素の発生に脆弱なのです。もちろん水素の除去装置があるのですが、水素を燃やしてしまう設計で、それ自身が危ない。この装置が故障して、水素がたまり、いい塩梅になったときに回復したら、自爆装置になってしまうからです。
さらに加圧水型は、その名のごとく内部を加圧しています。炉内をまわる冷却水の沸点を上げ、水蒸気にならずに循環させているためですが、この圧力に耐えるために、格納容器の鉄材が沸騰水型より厚く作られています。
その方が圧力には強いですが、一方で脆弱破壊には弱い構造を持っています。脆弱破壊とは、疲労した金属が、急激に冷やされることなどにより、ガラスが砕けるように崩壊してしまうことです。この脆弱破壊が、炉心の溶融のもとでの緊急冷却装置の発動により、一気に引き金に起こってしまう可能性が沸騰水型より高い。
水素爆発の可能性を見ても脆弱破壊の可能性を見ても、加圧水型には沸騰水型にはない危険性があるのです。にもかかわらず5年の猶予を見ようとしている。
まとめましょう。
新基準のあやまったところは、第一に過酷事故を前提としていることです。過酷事故など起こすことのない原発を求めるべきで、それができないのであれば、原発からの撤退こそ、当然にも帰結せねばならないことを無視していることです。
第二に、安全思想を大きく逸脱していることです。安全装置が故障のときに必然的にプラントの停止を招くように設計されておらず、何らかの装置が稼動しないと危機を脱しえない構造になっている。安全性を担保する事故対策になっていないということです。
第三に、格納容器を放射能を位置づける最後の砦とし、機密性を守るものとしながら、内部が加熱すると外部から水を導入せざるをえず、もともと機密性が確保できない構造になっている点です。
第四に、内部の圧力が上がった場合に、放射能を閉じ込めるための容器を守るために、放射能を放出するベントというまったく矛盾した「安全装置」をかかえていることです。
第五に、そのベントも自然に作動するのではなく、バルブの開閉を行わなければならず、この装置が故障して働かない可能性を持っていることです。
第六に、放射能を外に出すために、フィルタをつけるとしていますが、出力が高ければフィルターは抜けてしまう可能性があり、放射能放出の低減も保障されないことです。
第七に、事故を確率論的に考え、それが非常に小さければ事故は起こりえないと考えて良いとしてきた発想を継承していることです。こうした考えの顕著な現れとして、加圧水型格納容器のベント設置に5年も猶予を与えてしまっています。
第八に、その加圧水型格納容器が、窒素封入がしてある沸騰水型格納容器よりも、水素対策に危険性が高いことを無視していることです。
第九に、しかも加圧水型圧力容器(格納容器ではない)は、より高い圧力に耐えるために鉄鋼板を厚くしてあり、炉心からの距離も近く中性子により脆くなるため、沸騰水型より脆性破壊(鋼板が低温で割れてしまう非常に危険な破壊。古いプラントで配管破断などの事故が起きて、緊急炉心冷却系(ECCSという)が働き冷たい水が原子炉内に大量に入ると起こる)の危険性が高いことです。
また、原子炉圧力容器の上蓋に制御棒を入れる穴が全面にあり、欠陥が残り安い。最近、ヨーロッパ(ベルギー)で加圧水型圧力容器の上蓋に大量の亀裂が発見されました。
第十に、加圧水型には、蒸気発生器という圧力容器より大きな大型の容器の中に、数千本の細い配管があり、よく詰まってしまいます。つまっても少しなら構わないということで、止栓をしていますが、プラントが古くなると多くの配管が機能しなくなっているのです。このように加圧水型特有の危険性が無視されています。
これらから新基準のもとでの運転は、たとえそこに書かれた条件をすべて満たしたとしてもあまりに危険なものです。しかも過酷事故になった場合に、対処するとしている装置がそのとおりに動作する保障は何もありません。
そもそも想定を超えた事故ですから、あらかじめ設置した機器が抑止になるような形で事故が発展する可能性も薄く、何ら対処法のない事態が発生する可能性も十分にあるのです。だからこそ再稼動は非常に危険なのです。
さらにもう一つ。重要な点があります。こうした再稼動の動きは、福島原発事故の責任追及があいまいなままに行われようとしています。それは東電と政府への責任追求を後景化させるとともに、福島原発事故の被害そのものを小さく評価することにもつながります。
今も進行中の被曝がより過小評価され、健康被害の拡大に歯止めがかからなくなるとともに、福島原発の現状の危険性も過小評価され、危機管理が甘くなり、事故の破滅的な深刻化の可能性を作り出してしまいます。この点からも新基準のもとでの再稼動は認められるものではありません。
新基準のどこがおかしいのかをしっかりと見据え、この点を広げて、再稼動反対の声を大きくしていきましょう!