守田です。(20130720 16:00)
祝島訪問記の3回目です。今回は原発建設を食い止めるためにこの海域で行われてきた祝島と上関の人々の奮闘をご紹介します。当時の様子を記録した映像もネットからひろって貼り付けました・・・。
長島の四代沖で入会をめぐる攻防についての説明を高島美登里さんから受けた後、船はまた進みだしました。遠くに祝島が見え始めました。祝島はちょうど長島の田ノ浦と向かい合う関係にあり、室津からは目にすることができません。ようやく目にした祝島に心が踊りました。
船はまずは田ノ浦沖へと向かいました。走る船の中で、美登里さんが予定されている上関原発についての解説をしてくださいました。この原発は原子炉建屋と放水口、取水口が遠く離れていることに特徴があります。なぜそうなっているのかというと、反対派の土地が各地に点在して建設を阻んでいるからです。
このため仮に原発が完成した場合、放水と取水を結ぶ巨大な長いパイプが必要になります。これらのパイプは中に海水が取り込まれますからフジツボなどが付着し、除去するための不断のメンテナンスが必要になりますが、これほど長いと費用は甚大なものになってしまいます。危険なだけではなくあまりにも効率の悪いプラントなのです。
しかも塩素処理水が大量に使われ、これらが取り払われたフジツボとともに排水口から流れ出てくるため、海の汚染が、他の原発よりもさらに激しくなります。中電はそんなことはお構いなしにただひたすら建設を強行しようとしてきたのでした。
田ノ浦に近づくと遠目から黄色いブイが見えてきました。中電が工事地域を示すために2009年に投じたものだそうです。しかし9基あったものの過半が今は流されて消えてしまっている状態だとか。
この今は数基のブイしか見えないこの海域を中心に、これまで工事を強行しようと大きな台船をしたてて攻めてきた中電に対し、美しい海を守ろうとする祝島や上関の人々、全国からかけつけた支援者の懸命な抵抗が繰り返されてきました。
海上の攻防が始まったのは2005年のボーリング調査から。2009年9月には中電が先ほど書いたブイを投じようとしたことに対し、ブイが持ち込まれた平生町の田名埠頭の海と陸に人々が結集。陸上での座り込みとともに祝島から来た何艘もの漁船がピケットをはり、ブイの搬出を食い止め続けました。
海の上には若者たちの乗るカヤックも登場。やがて「虹のカヤック隊」と名乗るようになり、祝島からの漁船とともに、工事用の大きな台船と対峙しました。
このカヤック隊に対し、中電の船が非常に危険な前進後退を繰り返して迫ってきている映像があります。こうした圧力にも負けず奮闘している若者たちのこと思いながらご覧下さい。
カヤックの目前で前進と後退を激しく繰り返す中電の船 (35秒)
2009年9月22日
http://www.youtube.com/watch?v=OfLSbXpHNUg&feature=related
また必死で海を守りぬく人びと、とくに祝島の女性たちの思いをとてもよくとらえている映像がありました。
2010年に経産省の役人たちを乗せた船が視察にすることをキャッチした祝島の女性たちが、この船の横に祝島の船を横付けし、若い官僚を説得しているものです。ぜひご覧いただきたいです。グッときます。
なお、祝島のおかあさんたちが乗っている船が、救急患者の搬送にも使われている通称「ヤンマー船」です。今回の旅の最後に、祝島から上関に帰るときに僕らも乗せていただきました!
「原発はいりません」 祝島の女性たちの28年間の想い(9分52秒)
Masayuki TOJO
http://www.youtube.com/watch?v=55LJ1lWxC-Y
さてこうした攻防の中でもひときわ激しかったのが2011年2月に行われた埋め立ての強行でした。たくさんのガードマンをも動員しての激しい攻撃でした。これについては2つの映像があります。
中国電力 約600人動員し作業強行① 2011.2.21~ (9分9秒)
スナメリチャンネル Masayuki TOJO
http://www.youtube.com/watch?v=pCkelxvk90Q
中国電力 約600人動員し作業強行② 2011.2.22(3分41秒)
スナメリチャンネル Masayuki TOJO
http://www.youtube.com/watch?v=LSsByMcXDXo
実は当時、僕はこれらをたびたびネットの実況中継などでみていました。祝島に駆けつけることはできませんでしたが、三里塚の反対運動と違って、こうした攻防がライブで流されていることに大きな進歩を感じました。
というのは三里塚でもどこでも、権力者たちは報道が少ない時、いないときに一番ひどい暴力を振るってきます。しかし今は、抵抗する側自身がネットを通じて現場の状況を配信できる。
そこに多くの人々の目があれば、その分、暴力は弱まります。そう考えてせめてもウォッチを続けようと思ったのでした。
今回、実際にそうした攻防が繰り広げられた海の上に行って、とても感慨深いものがありました。今はただ静かな波の上に顔をだしたブイがプカプカしているだけですが、ここは本当にたくさんの人の思いがこもっているのです。
美登里さんが攻防のときの話をしてくださいました。「ちょうどあのブイが今あるあたりに台船が10台もやってきたんです。地上何メートルもあるようなものすごい大きな船が怪物のように迫ってきたのですよ」
「工事は埋め立てが目的でした。祝島からも何隻も船が来てくれたのですが、中電の船の方が多くて全部を守りきれず、多少ですけれども土砂を入れられてしまいました。ここには砂一粒入れさせたくなかったのでとても悔しかったです」
田ノ浦の海岸を遠目からみながら、こんなことも教えてくれました。「あの辺に中電が杭打ちをやろうとして、私たち、みんなでその杭にしがみついて抵抗したのですね。私も海の中に打たれた杭に必死で飛びついて、大ハンマーで打ってくる杭の上を手で封じました」
「そのとき杭を打っている人はトビの職人さんでした。少し前に攻防があったときに、誰かが「あなたもプロの工事人としてのプライドをもって。こんな酷いことはしないで」と言ったら、その人が「俺は工事人じゃねえ。トビだ」と怒鳴ったのが耳に入ったのです。
それで『あなたも誇りあるトビならこんなことはしないで』と叫びました。そうしたらその人、涙目になって「俺だって、本当はこんなことはしたくねえよお」と叫ぶのです。あとになってこういう方たちはどこに連れて行くとも知らされずに現場に連れてこられていたことを知りました。
ガードマンの人たちもそうでした。話をしてみたら、「ここにきて、こんなことをするなんて知らされてなかった。もう二度と来ない」というのです。まるで騙して連れてきているようなもので、本当に中電はひどいことをするなと思いました」。
少し前後しますが、美登里さんはこの長島での買収を行った中電が、「こんな地域はまったく意味も価値もない。ここにいたって何もいいことはない。原発を建てて、仕事ができて、補助金をもらったほうがずっといい」と繰り返し人々に語り、つつましやかな暮らしを送っていた人々の心を蝕んでいったことも教えてくださいました。
人々のつつましやな生活に悪罵を投げつけ、危険な原発を「絶対安全」とうそぶき、確実にある海の汚染を「絶対にない」とけろりと言いのけ、しかも工事の強行にあたっては、ガードマンやトビの人々を騙して連れてきて抵抗する人々にぶつける中国電力。それを傍目で見ていて、たびたび中電の味方をする海上保安庁や警察。なんとひどいことでしょう。
こうした土地買収や建設の進め方、入会地を壊していくありかたそのものに原子力発電所と、これに依拠するこの国の為政者たちの非人間性がはっきりとあらわれていることを、この、今は静かな海は教えてくれています。
悪辣な仕打ちに怒りを感じるとともに、この海の美しさだけではなく、人の心の美しさをも守りぬくために、祝島と上関の人たちが汗水を流してきたことを感じ、深く胸を打たれました。
「さあ、そろそろ祝島に向かいましょう」・・・美登里さんのその一言で、「きぼう号」は田ノ浦沖を離れ、祝島へと進み始めました。船が速度をあげて島影がどんどん大きくなるにしたがい心がワクワクするのを止められませんでした。
続く