「もうしわけありません。ちょっと昔のことを思いだしてしまいまして。
そうだ! 今日は小夜子さまのお帰りだと聞いて、実はこれを」と、ぶっといふかし芋を卓に乗せた。
「旦那さまの前では食べにくいのですけど、小夜子さまお好きでしょ?
千勢はだ~い好きでございまして。旦那さまのご出張の折なんかに、ご飯代わりにいただいていたんです」
目をキラキラと輝かせるながら口いっぱいに頬ばる勢を見て、小夜子もまた昔を思いだした。
“おやつ代わりのふかし芋ね。良い思い出じゃないけど、久しぶりね”
ひと口頬張って、「なにこれ、甘いわ! どうして? ふかし芋って、こんなに甘いものだったの?
あたしが食べていた物と、まるで違うわよ」と、感嘆の声をあげた。
キョトンとする千勢を前にして、驚くほどの速さで一本をたいらげた。
「千勢。あなたって、お料理の天才ね。すごいわ、ほんとに」
手を叩いて褒めそやす小夜子に、千勢はどう答えていいのか分からずにいた。
「小夜子さま、ごじょうだんがすぎますよ」
「で、で? どうだったの、初めての時は。何年になるの、ここに来て」
「はい、十五の時に入らせていただきました。専務さまのご紹介なんです、実は。
一番上の姉がお世話になっていまして。父親が、連絡を入れたようなのです」
「そうなの、千勢もなの」
千勢が五平の世話で武蔵の元に来たとわかり、千勢に対し何か戦友といった観を覚える小夜子だった。
「はじめのうちは、小夜子さまと同じでございました。
実家ではなんなくやれていたことが、どうにもちぐはぐになってしまいます。
やっぱり、緊張していたのだとおもいます」
「そう。やっぱり千勢でも、緊張したの? 初めは。
あたしもね、くくく、包丁を持った時なんか。武蔵がね、あたしを呼んだの。
武蔵はね、大丈夫か? って声をかけたらしいんだけど、あたしったら、血相変えて包丁を持ったまま。
くく……分かる? 武蔵にね」
「ひょっとして、そのまま旦那さまの所にですか?」
「そうなの、行っちゃった。びっくりするわよね、そりゃ。
あたしね、真っ青な顔してたんですって。でね、武蔵もあわてちゃって。
心中でもするつもりかって、ね」
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