(九)
「小夜子奥さま、それはちょっと。社長は、本当に仕事熱心です。
誤解なさっています、小夜子奥さまは。
余程に遅くなられる時以外は、必ず会社に戻られます。
そして加藤専務に、留守中の事をこと細かにお尋ねになっていらっしゃいますから」
「病気なのよね、もう。中毒症よ、もう。
でもね、浮気するために働いてるのかもよ。
ほら、あれよ。晩酌と一緒。
力一杯仕事してさ、汗をたっぷりと流してさ、お風呂にゆったりと浸って。
それから頂く一杯のお酒。美味しいんですってね?」
「でも、小夜子奥さま。
社長は、本当に小夜子奥さまを大事に思って見えます。
僕が太鼓判を押します。
あ、僕なんかのそれでは、屁のつっかい棒にもなりませんね」
「まあね。武蔵も、浮気癖がなくなれば、ほんとに良い夫なんだけど。
でも、武蔵が浮気を止めたら、武蔵じゃなくなる気もするしね。
面白いのよ、武蔵は。
浮気したのかどうか、すぐに分かっちゃうの。笑っちゃうわ、ほんとに。
自分からね、あたしは何も言わないのに、白状してるようなものなの。
武蔵には内緒よ。くくく、武蔵ったら、必ず言うの。
『今度の休みに、買い物に行かないか? 欲しいものはないか? 取り引きがな、うまく行ったんだ』
なーんて。
ううーん、間違いないわ。だからね、こう考えることにしたの。
武蔵の浮気は自分へのご褒美なんだ、って。
ひとつ取り引きに成功したら、誰も褒めてくれないから、自分にご褒美を上げてるんだって。
でも自分だけだと気が咎めるから、あたしにもご褒美をくれるんだって。
おかしいでしょ? ほんとに」
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