家出中の定男など相手にする会社はない。
1社だけが、「そんな事情なら…」と温情をみせたけれども、「ここはたこ部屋まがいだ、やめとけ」と、初老の男が貞夫に忠告した。
その実は、定男が入社することによって追い出されるのではと危惧した男の、哀しいうそだった。
しかし定男はその男の話を信じてしまった。
その実、会社側からの仕事の内容を聞くにつけ、〝じぶんにできるか?〟と怖じ気ついてしまった。
翌日に「べつに決まりました」と嘘をついて辞退した。
つぎに人手不足だと聞き知って深夜営業の外食産業のバイトに応募してみたが、身元保証人を求められてしまった。
親に頼むわけにもいかず、またはじめての町で友人知人もいるわけもない。
1週間が過ぎて、そろそろ持ちだした所持金も、安宿の宿泊代にきえていく。
食事もパンと飲みものだけにして節約するも、心細さだけがふえていく。
とうとう安宿も追いだされ、漫画喫茶にころがりこんだ。
そしてやっと日やといの仕事が見つかり、その日暮らしがはじまった。
日給で受けとると翌日には休み、金がなくなるとまた働きにでる。
そんな不安定な状態に、あかりが喫茶店でのウェイトレス仕事を見つけた。
バイトすら経験のない定男には、毎日の仕事はきつい。
2日はたらいては1日休む。そんな日々を送る定男に、あかりが不満をぶつけた。
「うちの親に言ったことは、なんだったの!
ふたりでがんばろうって約束したのに、ひと月も経ってないのに!」
とあかりがなじれば、
「しかたないだろ。身元保証人だなんだって、なんくせじゃないか!」
毎日のようにいがみ合うふたりで、ひとつの布団で背中あわせで寝るようになった。
そして定男のこころが、おれた。
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