昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(二十四)の九と十

2011-12-03 00:57:36 | 小説


五平がどのように因果を含めたのか、武蔵には知る由もなかったが、予定通りに三保子はオンリー生活に入った。
二度程、武蔵の元に電話が入ったが、幸か不幸か武蔵は出張に出ていた。
取扱商品が増えたこともあり、繁忙さは以前にも増して激しいものになっていた。
熱海での徳利事件をきっかけに高級陶器に興味を覚えた武蔵は、伊万里・有田・萩そして、瀬戸を回った。
五平は時期尚早だと反対し、武蔵自身にも確たる勝算があったわけではない。
しかし各地の窯元から、根強い需要があると聞かされた。
料亭や旅館向けの出荷が、徐々にではあるが増加しているらしいのだ。
武蔵は、熱海での慰安旅行時のことを思い浮かべた。
“あの女将も、客足が少しずつではあるが戻り始めた、と言っていたな。
よし、熱海に行ってみるか。”

駅の公衆電話から、幾つかの旅館に空き部屋の確認を取ってみた。
どこも、是非にもお泊まりくださいと、懇願調の声が返ってくる。
それではと、国道に面した幾つかの旅館に、
「慰安旅行に来たいのだが・・」と、持ちかけてみた。
と驚いたことに、どこも格安の料金を提示してきた。
少し揺さぶりをかけると、一品料理をひと品追加させていただきますから、と言い出す旅館もあった。
“うーん。やはり、未だ時期尚早か・・。無駄足だったか・・”
重い気持ちになったものの、
“あの女将に会ってみるか、嘘を吐いたとも思えんし・・”と、思い直した。



角のタバコ屋に設置してあった公衆電話を利用した。
「はい、明水館でございます。」
女将の溌剌とした声が、武蔵の耳に心地よく響いた。
「や、どうも。昨年の秋にお世話になった、富士商会の御手洗ですが・・。」
「まぁ、社長様ですか?その節は、ありがとうございました。
お礼に伺わねばと思いつつも、中々に時間が取れずにおり、申し訳ありませんでした。」
「いや、そんなことは。実はね、又お世話になろうかと思いましてね。」

“覚えていてくれたか。満更、社交辞令でもなかったわけか。
いやこんなことは、女将として当たり前のことか?”
すぐにも快諾の返事が返るものと考えていた武蔵に、意外な言葉が返ってきた。
「本日でございますか?ちょっと、お待ちくださいませ。」
暫くの間の後、武蔵のイライラが頂点に差し掛かった時
「お待たせして申し訳ありません。
今、どちらにお見えでしょうか?
これからすぐにお迎えに参りますので。」と、息せき切った声が武蔵の耳に入った。
“何を勿体ぶるんだ!ガラガラだろうに。
この女将も、やはり商売人か・・”
気持ちの良い女だと感じていた武蔵だけに、落胆の思いが激しく襲った。


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