昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~ (九十四) 良く頑張ってくれた、上出来だ

2014-08-04 08:47:20 | 小説
(四)

「ほんぎゃあ、ほんぎゃあ!」

ひと際大きな泣き声が分娩室に響いたのは、その日の午後に入ってからだった。
分娩室に入ってから、二十時間近い時が流れていた。

幾度となく帝王切開の準備に入ったものの、踏み切れずにいた医師。
大きくため息を吐いた。

「ふーっ。みんな、ご苦労さん。良く頑張ってくれた、上出来だ。
切らずに済んで、何よりだ。婦長、ありがとう。産婆さん、助かったよ。
あんたの声掛けが、功を奏したようだ。ありがとう」

達成感とは程遠い安堵感を感じる婦長、
「頼みますよ、婦長。何とか、帝王切開だけは避けてください」
という武蔵の言葉が、ずっと耳を離れなかった。

「御手洗さんですか? 今、無事に出産なさいました。
えぇ、母子共に健康です。ナスが、ぶら下がってますよ。
体重が、三千グラムを超えていました。えぇ、大きい赤ちゃんです」

すぐに武蔵に連絡を入れる婦長に、医師から声が掛かった。

「御手洗さんかい? 奥さん、よく頑張ってくれましたと伝えておいてよ
。長丁場だったけど、ほんと、頑張ってくれたとね。
傷のない体でお返ししますよ、とね。」

言外に、医師の頑張りを匂わせている。
約束通りに、体に傷を付けることなく出産を終えさせたと、念押しのように付け加えることも忘れなかった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿