(五)
「嬉しかったんですよ、きっと。
加藤専務、酔われると毎度のように言われるんです。
『俺は女を不幸にしてきた、喰いものにしてきた。
だから俺は幸せになれない、なっちゃいかんのだ。
なれなくても仕方ないんだ。
で、いやだからこそ、武さんにだけは幸せになってもらいたいんだ。
分かるか、千勢? もちろん、千勢よ。お前も幸せになるんだぞ』って。
会う度にですよ、耳にタコができちゃいますって。
あたし、加藤専務のお声がかりで、旦那さまのお世話をすることになったんです」
意外なことを聞かされた小夜子。
思いも寄らぬ五平の一面を知らされて、武蔵が五平を頼りにする理由を知った気がした。
しかしそれでもなお、五平に対する嫌悪感は消えはしなかった。
「そうなの? 千勢もだったの。あたしにしても、加藤専務なのよね。
嫌だ嫌だって言ってるのに、強引に」
「おっしゃってました、加藤専務。
すごく良い娘がいるからって、旦那さまを必死に口説いてらっしゃいました。
初めは乗り気じゃなかった旦那さまも、段々その気になられて。
遊びなれてる店だから気楽にいきましょうやとも、仰ってました。
煙草を売ってる娘ですから、煙草一箱買ってやればいいんですからって」
興味津々の思いでいる小夜子だが、千勢にはそう受け止められたくない。
“聞きたくもないけれど、千勢が勝手に話すから聞いてあげるわ。
聞き流すのよ、別に傍耳を立てるわけじゃないから”
あくまで平静を装う小夜子だった。
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