(四)
「そうね、千勢の言うとおりね。
でもね、ハムレットには、何の力もないし後ろ盾もないの。相手は権力者で…」
「そんなの、関係ありません! すぐにがだめなら、じっと機会を待つべきです。
それをうじうじと悩むなんて、言語道断です。
だめです、そんなの。旦那さまも、きっとそうおっしゃいますわ」
武蔵を引き合いに出す千勢。
鼻を膨らませて、得意げに言う。
「そうね、ほんとにそうね。千勢の言うとおりね。
武蔵もそう言うわよ。ううん、武蔵なら、言うだけじゃなくてやるでしょうね」
その時の小夜子の脳裏には、父親に詰られ母親に泣きつかれて、立ち往生している正三の姿があった。
ハムレットと正三がだぶって浮かんでいる。
そしてその傍らで薄ら笑いを浮かべている武蔵が居る。
“お坊ちゃんよ、何をしてるんだ。何をためらう必要があるんだ?
いいさ、小夜子は俺が守ってやるよ。お前さんはそこで立ち往生してな”
言うが早いか、疾風の如くに小夜子の前にひざまずく武蔵。
そして背に隠してあった一輪のバラを、小夜子に差し出している。
「そんなことより、その歓迎会のお話を聞かせてください。どんな風でしたか?」
身を乗り出してせがむ千勢だ。
「もうねえ、どんちゃん騒ぎ。実家での宴もそうだったけど、みんな勝手に盛り上がるのよ。
主役の筈のあたしなんか、初めの内こそそれこそこそばゆい位褒めてくれるんだけど。
お酒が回り始めたら、もうだめ。主役のあたしそっちのけでさ。
ダンス音楽なんか流して、男同士と女性同士に別れてダンス大会よ。
びっくりしたのは、加藤専務よ。
あの人、泣き上戸なの? ぼろぼろ涙を流してね、あたしにしきりに『ありがとうございます』って、お礼ばっかり。
びっくりしちゃった、ほんとに」
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