昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(八十二) 愛おしく感じた勝子

2014-03-18 21:24:25 | 小説
(六)

それからわずか五日後のこと、小夜子との約束を果たさぬままに、勝子がこの世を去った。

無念な思いを抱いたままの死であった筈だが、あの日のたった一日だけの外出が、
無味乾燥な勝子のそれまでの一生に華を咲かせた。

衰弱していく己の体を、愛おしく感じた勝子だった。

「ありがとう、小夜子さん。嬉しかったわ、ほんとに。
あの日一日のことは、あたしにとって最良の一日だったわ。

ほんとよ、小夜子さん。死期が早まったのでしょう、お医者さまは反対されていたものね。
でも、あたし、後悔していないから。

うぅん、逆ね。あの日がなかったら、それこそ死んでも死にきれない思いだったと思うわ。
哀しまないで、小夜子さん。感謝してます、本当に」

弱々しい声ではあるが、ひと言ひと言を大切に話す勝子だった。
己の思いを、キチンと伝えたいという願いの声だった。


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