昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~(九十三) 己の醜悪な姿に気付いた

2014-07-21 13:59:43 | 小説
(三)

妊娠前の面長だった顔が、今ではまん丸になっている。
せり出したお腹を支えるための足も、相当に膨らんだように見える。
鏡台の前に立ってみて、初めて己の醜悪な姿に気付いた。

「なに、これ! あたしじゃないわ。まるで別人じゃないの! こんなのいやよ。
そうよ、武蔵よ、武蔵のせいよ。大人しくしてろ、大人しくしてろって言うからよ。
そうよ、お家の中でじっとしてたから、こんなになったのよ。
武蔵のせいよ、みんな。あたしのこんな無様な姿を見て、どうせお腹の中で馬鹿にしてたのよ。
許せないわ!」

その夜、小夜子の好きなアイスクリームを大事そうに持ち帰った武蔵だったが、たっぷりと小夜子にとっちめられてしまった。

そして出産予定日を五日ほど過ぎてから、陣痛が始まった。

「武蔵を呼ぶですって? いいわよ、別に。仕事中でしょ、今」
と、余裕を見せていた。

「でも、奥さま。旦那さまに言われているんです。
『陣痛が始まったら連絡しろ』って、出がけにおっしゃったんです。
あたし、叱られます。困ります、それは」

あたふたとする千勢が、小夜子には滑稽に見えた。
確かに、痛みは走った。しかしすぐにおさまってしまった。
“新しい女はね、こんなことであたふたとはしないものよ。でんと構えてるものなのよ”

「いいから、いいから。陣痛といっても、ほんとかどうか分かんないだから。
だって、すぐ治まったじゃないの。今は何ともないんだし。
働かせておきなさい。稼いでもらわなくっちゃね、精々」
と、受けあわない小夜子だった。


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