昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一章~(一) 彼は薔薇をつかんだ

2014-08-26 08:28:27 | 小説
(四)

明治生まれの頑固な祖父の元から抜け出した彼は、十分過ぎる自由を持てあまし気味つつでもあった。
単身この地に出向いた彼には、全てが素晴らしいものであった。

月々の仕送りの額に特別不満があるわけではなかったが、大学1年の夏休みに始めたアルバイトをその後も続けた。
デパートのお中元配達のアルバイトに、彼は喜々として励んだ。

彼の真面目さがデパート側に認められて、シーズン後も続けることが出来たのである。
もてあまし気味の時間を埋めるには恰好のものだったのである。

彼の本音を言えば、当時の憧れの的であるデパートガール達との接点が嬉しいのである。
食堂において、彼女たちとのたわいもない会話をできることが楽しかったのである。

学内での彼は目立たない無口であったが、高校卒のデパートガール達が見せる羨望の眼差しが、
彼をして雄弁にさせていた。

アルバイト生活で初めて迎えた年の暮れ、彼は薔薇をつかんだ。
幾度か配達を繰り返した先の令嬢と、ひょんなことから言葉を交わすようになった。

いつもは繋がれている筈の番犬が、その日に限って鎖が外れていたのだ。
そうとは知らぬ彼は、いつもの如くにチャイムを鳴らし門扉を開けた。

途端に、犬小屋の中からけたたましく吠えながら柴犬らしい犬が、彼の元に突進してきた。
「あっ!」という声を上げつつも、彼は配達の商品を頭上に上げた。


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