(三)
「へへへ。
ちょっと意味が違いますが、ぞっこんですわ。」
「許さんぞ、そんなこと。
竹田を呼べ、怒鳴りつけてやる。」
気色ばんだ武蔵を、まだニタニタと見やる五平だ。
「看病するって、言われたでしょう? 小夜子奥さん。」
「あぁ、そんなことも言っていたな。」
「それですよ、それに感動してるんですよ。」
それがどうした、と言わんばかりに、眉間に皺を寄せたままの武蔵。
相変わらずニタニタとする五平。
「五平! いい加減に、そのにやけ顔をやめろ!
イライラするぞ。」
「これは、申し訳ありません。
社長のヤキモチなんて、ついぞありませんからな。
いや、失言でした。
竹田の横恋慕とか言うのじゃなくて、純粋な気持ちですから。」
「なんだ、その純粋ってのは。
少年みたいな、とでも言うのか!」
椅子に座ったり立ったり、机の周りを歩いたりと、まるで落ち着かない。
(四)
小夜子が社員から慕われるのは良しとしても、恋心を抱かれては困るのだ。
勿論、小夜子がそれによって動揺などするわけはない。
しかし、恋愛の対象として見られるのは我慢できない。
あくまでも、小夜子奥さまとして奉られなければならないのだ。
いみじくも事務員たちからこぼれた、お姫さまでなければならない。
「とに角、許さんぞ。
小夜子に淫らな思いを抱く奴は、誰だろうと許さん。
いいか、たとえそれが、五平、お前でもだ!」
「大丈夫です、心配いりません。
皆、富士商会のお姫さまと思っていますから。
竹田にしても、感激しているんです。
あれほどに心配された小夜子奥さんに、です。」
「そうか…。なら、いいんだ。
うんうん。
お姫さまと言っているのか、皆が。
うんうん。」
一気に武蔵の相好が崩れた。
どっかりと椅子に座ると、恵比寿顔だ。
「ところで、五平。
お前、田舎に行ってくれ。」
照れ隠しの為か、口を真一文字の武蔵が慇懃に口を開いた。
「田舎と言うと、いよいよですか?」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます