昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(四十九)の三と四

2012-10-28 10:53:07 | 小説

(三)

「へへへ。
ちょっと意味が違いますが、ぞっこんですわ。」

「許さんぞ、そんなこと。

竹田を呼べ、怒鳴りつけてやる。」
気色ばんだ武蔵を、まだニタニタと見やる五平だ。

「看病するって、言われたでしょう? 小夜子奥さん。」

「あぁ、そんなことも言っていたな。」

「それですよ、それに感動してるんですよ。」

それがどうした、と言わんばかりに、眉間に皺を寄せたままの武蔵。
相変わらずニタニタとする五平。

「五平! いい加減に、そのにやけ顔をやめろ! 
イライラするぞ。」

「これは、申し訳ありません。
社長のヤキモチなんて、ついぞありませんからな。

いや、失言でした。
竹田の横恋慕とか言うのじゃなくて、純粋な気持ちですから。」

「なんだ、その純粋ってのは。
少年みたいな、とでも言うのか!」

椅子に座ったり立ったり、机の周りを歩いたりと、まるで落ち着かない。




(四)

小夜子が社員から慕われるのは良しとしても、恋心を抱かれては困るのだ。

勿論、小夜子がそれによって動揺などするわけはない。
しかし、恋愛の対象として見られるのは我慢できない。

あくまでも、小夜子奥さまとして奉られなければならないのだ。
いみじくも事務員たちからこぼれた、お姫さまでなければならない。

「とに角、許さんぞ。
小夜子に淫らな思いを抱く奴は、誰だろうと許さん。
いいか、たとえそれが、五平、お前でもだ!」

「大丈夫です、心配いりません。
皆、富士商会のお姫さまと思っていますから。

竹田にしても、感激しているんです。
あれほどに心配された小夜子奥さんに、です。」

「そうか…。なら、いいんだ。
うんうん。

お姫さまと言っているのか、皆が。
うんうん。」

一気に武蔵の相好が崩れた。
どっかりと椅子に座ると、恵比寿顔だ。

「ところで、五平。
お前、田舎に行ってくれ。」

照れ隠しの為か、口を真一文字の武蔵が慇懃に口を開いた。
「田舎と言うと、いよいよですか?」


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