昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十一) 最後の会話

2015-04-18 08:35:15 | 小説
「だけど、狼に変身するかも。月を見ないようにしなくちゃ」
「あらっ。私なら、大丈夫よ。護身術を習ってるから。ふふふ」
屈託のない真理子の笑い声に、彼は少し安心できた。

「最近ね、ダンスサークルに入ったんだ。社交性が足りないって、よく言われるからさ。
社交ダンスでもやれば、カバーできるかな? って。分かるかな? 
社交ダンスで社交性って、、、ジョークのつもりなんだけど」
上目遣いの彼に、真理子は目を丸くした。
「えぇっ。ダンス? ほんとお? 私も、通ってるのよ。
ねえ、踊ろう。今、楽しくて仕方がないの。ねえ、練習しょうよ」

早速テーブルを片づけると、牧子から借りているラジカセから音楽を流した。
ぎこちない動きの彼だったが、真理子は嬉しさを隠せなかった。
共通の趣味を持っていたことが、真理子の歓びを倍加させた。
時折彼に足を踏まれても、却ってそのことが真理子には嬉しかった。

「まだまだ、ね。お・し・え・て、あげる」
と、彼にピッタリと寄り添いながら、あれこれ指導した。
次第に、彼の動きもスムーズになった。
「ねえ、灯りを落としましょ。月明かりの中のダンスも、良いものよ」
切ないサックスの音色が流れる中、真理子は彼の首に両手を回した。
彼も又、真理子の身体をしっかりと抱き寄せていた。

翌朝、
「送っていくよ」
と言う彼に対し、真理子は強硬に拒否した。
「辛くなるから…」

それ以上の言葉を拒絶する、真理子の表情だった。
何か、決意じみたものを感じさせる真理子だった。
バス停まで送ることにした。道々、真理子は終始無口だった。
彼にしても別れ難い気持ちで、無言のまま歩いた。
「それじゃ」
「うん。また、田舎で会おう」
それが、最後の会話だった。


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