長編恋愛小説 ～水たまりの中の青空～ （九十三） 小夜子ー、帰ったぞお！

(八)

「小夜子ー、帰ったぞお！　今夜はな、お寿司を買ってきた。
あわびの良いものが入ったらしくてな、電話をくれたんだよ。
何でも、目に良いらしいじゃないか。
どうしたんだ！　そうか、生まれそうなんだな？　よし、病院だ。病院に行くぞ。
産婆さん、あんたを疑うわけじゃないが、先生にお願いしてあるんだよ。
千勢、タクシーを呼べ。急げ、急げ！　
俺は先生に電話するから。えっと、えっと、番号は…と。
そうだ！　札入れの中に入れてあるんだった。
待ってろよ、小夜子。すぐだ、すぐたからな。
産婆さん、あんたも同行してくれ。車の中で何かあったら困るからな。
あ、もしもし。御手洗です。妻が、小夜子が産気づきました。
えっ？　そうです、陣痛で唸っています。
間隔ですか？　そんなもの、知りませんって！　
とに角、これから連れていきますから。病院に走りますからる先生もお願いしますよ。
産婆？　えぇ、ここにいます。代わるんですか？　分かりました、お待ちください」

産婆に電話を代わると、すぐに小夜子の枕元に座り込んだ。

「痛いか？　痛いよな？　待ってろよ、病院に行くからな。
さするのか？　お腹をさするんだな？　よし分かった。俺の力を、小夜子にやろうな。
ちょっとお酒が入っているけれどもな。
なあに、男の子だ。酔っ払って生まれてくるのも、案外だぞ。
そうだ、名前を決めたぞ。タケシだ、武士と書いてタケシと読むんだ。
御手洗武士。どうだ？　良い名前だろうが。
侍のように凛々しい男に育って欲しいという願いを込めてだ」