昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~ (九十三) 小夜子の痛みを、俺が全部吸い取ってやる

2014-07-27 10:10:39 | 小説
(九) 

「武士? 良い名前ね。どう? あなたみたいな美男子で生まれてくるかしら?」
「あぁ、大丈夫だ。小夜子と俺の子だ。美男子に決まってるさ」

武蔵の手を握り締めながら、時折襲い来る陣痛をこらえた。
産婆の呪文が途絶えたいうのに、その痛みに耐えられる小夜子だった。
「どうだ? 俺の念も、捨てたものじゃないだろうが」

小夜子が苦痛に歪む表情を見せると、すぐさま
「よし、吸い取ってやるぞ。小夜子の痛みを、俺が全部吸い取ってやる」
と、小夜子の口を吸った。

「はいはい、ごちそうさま。タクシーが来ましたよ。
それじゃ、病院に行きましょうかね。先生もこれから向かうって話しだし。
妊婦が居なけりゃ、話にならないわ」

病院に到着すると、玄関先に四五人の人影があった。
その中には、帰宅した産科の婦長までもが駆りだされていた。

「大丈夫ですよ、御手洗さん。あとはあたくし達にお任せください」

柔和な表情の中にも、“一介の民間人如きに、何で私までが”と苦りきった表情をチラリと垣間見せた。

「お願いしますよ、婦長。とりあえず、これを。
看護婦さんは、何人ほどお見えですか? 十人、二十人ですか? 
婦長には、改めてお礼をさせて頂きますよ」と、封筒を手渡した。

「あら、そんなこと。ここは大学病院です、受け取るわけには」

「いや、そうおっしゃらずに。お産は、長時間にわたるとか。
夜食代の一部にでもして頂ければ、ということですので」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿