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昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~(一) 憂さ晴らしに苛めていたのよ

2014-09-18 09:34:04 | 小説
(三)

麗子は、彼からの言葉を拒んだ。言いかける言葉を遮って言う。
「何も言わないで、わかっています。聞きたくない、それは。
ごめんなさいね、今まで。
彼に抑え続けられる毎日の、憂さ晴らしに貴男を苛めていたのよ、きっと。
そういうことにしておいて」

初めて見る麗子の涙だった。
彼は、唯黙って聞いた。かける言葉を失った。
思いもよらぬ「結婚」という言葉に、衝撃を受けた。
そして、彼の両親のことを思った。
その背景は違うかもしれないが、何故か彼の両親と同じ結婚生活を送るのではないか、そう思えた。

“母は、幸せだったのだろうか? 
戦後の混乱期であるにも関わらず、何不自由のない毎日を送った母だったが、本当に幸せだったのだろうか? 
人間はパンのみにて生きるに非ず、じゃないのか?”

なぜか、麗子が母にだぶって見えた。
“僕は、麗子さんの中に、母さんを見ていたのか…”
 
又、沈黙の時間が流れ、車は静かに高速道路を降りた。
車窓の景色もはっきりと見て取れた。
見慣れた商店街を通り過ぎ、ビル群の建ち並ぶビジネス街も通り過ぎた。
行き交う車の運転手が、いつものように麗子に視線を投げかけていく。
しかし、今の彼には誇らしい気持ちはなかった。

どれ程の時間が経ったのだろうか、辺りは薄暗くなっていた。
街灯の灯りが柔らかく道路を照らしている。
やがて、彼の寮が見えてくる街角に差しかかった。
ウィンカーの音がすると、車は静かに停車した。麗子は、ハンドルに頭を乗せていた。

“ふーう!”
麗子の溜息が漏れた。
車の運転に疲れたせいなのか、それとも…。彼は目を閉じたまま、シートにもたれていた。

「さよなら…」
いつもの
「ヴォーヴォ・ゥワァール!」
ではなかった。
そして、彼の頬に、暖かく、そして柔らかい何かが―そう麗子の唇が触れられた。


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