(三)
麗子は、彼からの言葉を拒んだ。言いかける言葉を遮って言う。
「何も言わないで、わかっています。聞きたくない、それは。
ごめんなさいね、今まで。
彼に抑え続けられる毎日の、憂さ晴らしに貴男を苛めていたのよ、きっと。
そういうことにしておいて」
初めて見る麗子の涙だった。
彼は、唯黙って聞いた。かける言葉を失った。
思いもよらぬ「結婚」という言葉に、衝撃を受けた。
そして、彼の両親のことを思った。
その背景は違うかもしれないが、何故か彼の両親と同じ結婚生活を送るのではないか、そう思えた。
“母は、幸せだったのだろうか?
戦後の混乱期であるにも関わらず、何不自由のない毎日を送った母だったが、本当に幸せだったのだろうか?
人間はパンのみにて生きるに非ず、じゃないのか?”
なぜか、麗子が母にだぶって見えた。
“僕は、麗子さんの中に、母さんを見ていたのか…”
又、沈黙の時間が流れ、車は静かに高速道路を降りた。
車窓の景色もはっきりと見て取れた。
見慣れた商店街を通り過ぎ、ビル群の建ち並ぶビジネス街も通り過ぎた。
行き交う車の運転手が、いつものように麗子に視線を投げかけていく。
しかし、今の彼には誇らしい気持ちはなかった。
どれ程の時間が経ったのだろうか、辺りは薄暗くなっていた。
街灯の灯りが柔らかく道路を照らしている。
やがて、彼の寮が見えてくる街角に差しかかった。
ウィンカーの音がすると、車は静かに停車した。麗子は、ハンドルに頭を乗せていた。
“ふーう!”
麗子の溜息が漏れた。
車の運転に疲れたせいなのか、それとも…。彼は目を閉じたまま、シートにもたれていた。
「さよなら…」
いつもの
「ヴォーヴォ・ゥワァール!」
ではなかった。
そして、彼の頬に、暖かく、そして柔らかい何かが―そう麗子の唇が触れられた。
麗子は、彼からの言葉を拒んだ。言いかける言葉を遮って言う。
「何も言わないで、わかっています。聞きたくない、それは。
ごめんなさいね、今まで。
彼に抑え続けられる毎日の、憂さ晴らしに貴男を苛めていたのよ、きっと。
そういうことにしておいて」
初めて見る麗子の涙だった。
彼は、唯黙って聞いた。かける言葉を失った。
思いもよらぬ「結婚」という言葉に、衝撃を受けた。
そして、彼の両親のことを思った。
その背景は違うかもしれないが、何故か彼の両親と同じ結婚生活を送るのではないか、そう思えた。
“母は、幸せだったのだろうか?
戦後の混乱期であるにも関わらず、何不自由のない毎日を送った母だったが、本当に幸せだったのだろうか?
人間はパンのみにて生きるに非ず、じゃないのか?”
なぜか、麗子が母にだぶって見えた。
“僕は、麗子さんの中に、母さんを見ていたのか…”
又、沈黙の時間が流れ、車は静かに高速道路を降りた。
車窓の景色もはっきりと見て取れた。
見慣れた商店街を通り過ぎ、ビル群の建ち並ぶビジネス街も通り過ぎた。
行き交う車の運転手が、いつものように麗子に視線を投げかけていく。
しかし、今の彼には誇らしい気持ちはなかった。
どれ程の時間が経ったのだろうか、辺りは薄暗くなっていた。
街灯の灯りが柔らかく道路を照らしている。
やがて、彼の寮が見えてくる街角に差しかかった。
ウィンカーの音がすると、車は静かに停車した。麗子は、ハンドルに頭を乗せていた。
“ふーう!”
麗子の溜息が漏れた。
車の運転に疲れたせいなのか、それとも…。彼は目を閉じたまま、シートにもたれていた。
「さよなら…」
いつもの
「ヴォーヴォ・ゥワァール!」
ではなかった。
そして、彼の頬に、暖かく、そして柔らかい何かが―そう麗子の唇が触れられた。
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