三)
「一階か……。待てよ、もう一つ部屋があるぞ……」
武蔵の廊下を這いずる音が、小夜子の耳元に届いてきた。
“来る、来るわ。どこ? どこに隠れればいいの……?”
部屋を見回すと、机と洋服箪笥、それにベッドがあった。
小夜子は慌てて、ベッドの中に潜り込んだ。
と同時にドアが開けられて
「おぉっ、ウサギちゃんの匂いがするぞ。どこだぁ、どこだぁ」と、武蔵が入って来た。
「ここかぁ・・、うん、居ないぞ。
それじゃあ、この中か? ……居ない。
おかしいぞ、おかしいぞぉ。
匂いがするのに、見つからんぞぉ。」
布団の中で、小夜子は笑いを噛み殺していた。
部屋をうろつく音がするが、中々ベッドに近付いては来ない。
「おかしいぞぉ、おかしいぞぉ。逃げられたか、又しても。」
「ククク・・」
思わず、声を上げてしまった。
「うん? ……声がしたぞ。
どこだ、どこからだぁ!
クンクン、クンクン。」
小夜子は、わくわくしながら武蔵を待った。
突然、小夜子の太ももに武蔵の手が触れた。
「キャッ!」
小さな悲鳴を上げた途端に、武蔵が布団の中に潜り込んできた。
ベッドから逃げ出そうとする小夜子を、武蔵はしっかりと抱き止めた。
「見つけたぞぉ、やっと捕まえたぞぉ! さぁ、どこから食べるかなぁ。
この腕か、それとも太ももかぁ……」
一瞬間、小夜子は声を失った。
背筋に電流が走り、頭や手足に向かって広がった。
“なに、なに、、、なんなの、これって!”
四)
一気に世界が変わった。
アンデルセンの世界にどっぷりと浸っていた小夜子が、
うっかり踏み入れた世界は、‘金瓶梅’の世界だった。
エロスの世界だった。
武蔵が意図したわけではなく、小夜子も望んだわけではない。
かくれんぼの筈だったのだ。蔵も童心に帰っての、遊びのつもりだったのだ。
一瞬間、小夜子の体は硬直した。
心音だけが、早鐘のように鳴り響いていた。
“ど、どうなったの、、、どうして、どうして!”
武蔵の腕の中にすっぽりと収まっている小夜子に、南国の風が吹いてきた。
「小夜子・・」
その言葉と共に、唇を重ねられた。
正三との接吻はレモンであり、武蔵とのそれは、さながらマンゴーだった。
「だめ!これ以上は、だめ、だめなの・・」
涙声の小夜子に、これ以上の無理強いはまずいと考えた。
「いかんいかん、遊びが過ぎたな。
しかし、美味しい接吻だった。
ご馳走だ、ご馳走だぁ!」
翌朝、台所から小夜子の明るく弾んだ声が聞こえてきた。
ベッドの中でまどろむ武蔵の耳に、心地よい。
「いゃあねぇ、三河屋さんったら。
何もないわよ、なにも。
えっ?声が弾んでるですって?
そりゃ、体調がいいからよ。
えっ?何か始めたかって?
ふふふ・・、ひ、み、つ。なーんてね。
今ね、着物を新調してるの。
それを着てね、パーティに出席するの。
アメリカ将校さんのお宅でね。
うーん、会食みたいなものかな。
女優さんみたいでしょうねって、ふふふ、そんなこと。
口がうまいのよね、三河屋さんは。
だめよ、これ以上は要らないわ。
じゃ、お願いね。」
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