昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十) 少しの間雨宿りをすることに

2015-02-08 12:16:01 | 小説
その日は朝からぐずついた空模様で、夕方にはとうとう雨が降ってきた。
バス停に降り立った時には、土砂降りの状態になっていた。
走って帰ろうかと思いはしたが、あまりの激しい雨に躊躇した。

やむなく彼は、バス停前のブティックで、少しの間雨宿りをすることにした。
通りのあちこちで、彼と同様に雨宿りしている者も多数いた。
皆一様に、空を見上げてはため息をついていた。

何気なく店の中を覗いた彼に、軽く会釈する女性客がいた。
時折バスの中で見かける女性だった。
一度、入り口近くに立っていたその女性を庇ったことがあった。
込み合った車内で、急ブレーキがかかった折りのことだった。
咄嗟に彼はドアに両手を付けて、踏み段から滑り落ちそうになった女性を、彼の背中で踏みとどまらせたのだ。

「その節は、ありがとうございました。危うく、足を挫くところでした」
と、微笑みながら女性が声をかけてきた。
「いえ、、、」
はにかんで短く答える彼に、傘を広げた女性は
「お送りしますわ。どちらですの、ご自宅は」
と、傘の中に入るように勧めた。

「でも…」
口ごもる彼に、女性はなおも勧めた。
「止みませんわよ、雨。どうぞ、お気兼ねなく」
「すみません。それじゃ、お言葉に甘えて」

彼は背中を丸めながら、花柄の傘の中に入り込んだ。
女性物の小振りの傘では、彼の体を全て入れるのが躊躇われた。
女性は薄手のブラウスであり、彼は半袖のポロシャツだった。

彼の二の腕は、既に雨に打たれて濡れている。
そのまま入り込んでしまうと、女性の腕に触れてしまう。
素肌に密着するような状態に、なってしまうのだ。
彼は、体半分を傘の外に置くことにした。

そんな彼の気遣いに気が付いた女性は、
「あらぁ、肩が濡れてますわよ。もっとお寄りになって下さい。
それでは、傘にお入れした意味がありませんわ。どうぞ、もっとお入り下さいね」
と、彼に寄った。
「もう、濡れません?」
「えゝ、大丈夫です。ホントにすみません」


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