長編恋愛小説 ～水たまりの中の青空・第一部～（十三） どうして、ここに居るんだ！

「何だ！　どうして、ここに居るんだ！」
「馬鹿っ！」
ひと言叫んだ早苗は、彼を力任せに突き飛ばした。
人違いされたことに気付いた早苗は、みるみる目に涙を浮かべた。
「やっぱり、真理子さんと。一緒に、暮らしてるんだ！」
早苗は、彼の胸を激しく叩いた。

「違う！　ホントに、真理子さんは居ない！　勝手な想像をするな」
早苗の腕を掴んだ彼は、何とか冷静さを取り戻させようと、早苗を抱きしめた。
早苗は、彼の意志に反して激しく泣き叫んだ。
「いやっ！　真理子さんの代わりは、イヤッ！」
「だから、違うって！　ホントに、真理子さんは居ない。
お前が、悪いんだぞ。早苗が、俺の上にのし掛かってくるからだぞ。
もう中学生だろうが。少しは、考えろよな」

彼の諭すような口調に、早苗も軽率だった自分に気が付き、次第に落ち着きを取り戻した。
「ごめんなさい」
「まあ、お兄ちゃんも、悪かった。寝ぼけていたとはいえ、ショックだったろう。
ごめん、ごめん。だけど、ホントに真理子さんのことは知らないんだ。
余所で、変なことを言うなよ。頼むぞ、まったく」
「うん、分かった」

彼は朝食を黙々と食べた。。
早苗は顔を赤らめながら、そんな彼を見つめていた。
普段ならば茂作の元に居るのだが、今朝は彼の傍を離れ難かった。
彼のお代わりをよそうことに、無上の歓びを感じていた。
“こんな日が永遠に続けばいいのに‥‥”

そんな早苗に対し、彼は突っ慳貪な態度を取り続けた。
妹として見てきた早苗に女を意識し始めた事に、やり場のない怒りを感じていた。
後悔の念で一杯になっていた。