昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第一部~ (五十八)

2021-01-13 08:00:05 | 物語り
 その日のうちに、言い渡された処分を、ケロリとした表情で茂作に告げた。
「やめるって、小夜子。そんなやけを起こさないでもいいだろうに。
もう少し穏便な沙汰にしてもらえるように、わしが頼んでくるから」
「いいわよ、お父さん。あたし、本気なんだから。
英会話のね、勉強をしたいの。
心配しないで。お仕事しながらでも、通える学校だから。
そういった人たちばかりが集まっている学校だから。
もうねえ、その学校には連絡してあるの。
来年にでもとお願いしたんだけど、この際だから早めてもらうわ。
いいのいいの、いつからでも良いですよって言われてるから」

 絶好の機会だと捉える小夜子に、茂作はきつく「だめだ、だめだ。どうせ、この村から出て行きたいが為の方便だろうが」と、諫めた。
 頬を大きく膨らませて「そんなことないわよ。ほんとに勉強したいの。アーシアと約束したんだから」と、小夜子が抗弁した。
「小夜子よ。お前の、その、ロシア人を信じたい気持ちは良く分かる。
楽しい時間を過ごしたんじゃからな。
しかしのお、夢の時間は夢の時間に過ぎんぞ。夢は冷めるもんじゃて」
「何が言いたいの、アーシアは嘘をつくような人じゃないわ! 
もういい! お爺ちゃんのバカ! 」
 激しい言葉を投げ付けて、部屋に戻った。

“困ったことになった。小夜子の頑固さは、折り紙付きじゃからて。諦めてくれればいいんじゃが。
いっそ、小夜子の思いどおりに。いや、いかん。
とりかえしのつかんことになる。というて、澄江のように家出をされても困ることじゃし”
 結論は出ているのだが、認められない茂作だった。

“どうしても反対なら、家出だわ。お母さんも、昔、家出したのよね。
で、あたしを産みに帰ってきて、爺ちゃんに引き止められちゃったのよね。
お母さんも可哀相に。お父さんの所に帰りたかったでしょうに、労がいに罹るなんて。
だからあたしを避けたのね。
あたしは、違うわよ。あたしは、絶対に幸せになるんだから。
アーシアと一緒に、世界を旅するのよ。その為にも、英会話の勉強をしなくちゃ。
だからどうしても、行かなきゃ”

 小夜子の退学問題はあっという間に村中に知れ渡ることになり、竹田の本家から重蔵自身が赴き、内実を知るものとして正三もまた呼ばれた。
佐伯家では、関係のないこととして不満の声が上がったが、正三本人の強い要望でもって出席することが決まった。
この会合で、正三の必死の訴えが小夜子の拙速な行動を抑えることとなり、大人たちの体裁を保たせる結果となった。
そして小夜子の停学帰還が2週間と短縮されて、必然的に小夜子の退学希望も取り下げされた。
不満げな表情を見せた小夜子だったが、「会場でのことは理解していますよ」という謎めいた正三の言葉が小夜子の心に響いていた。

来年には卒業を迎えることでもあり、小夜子自身も感情的になりすぎたと反省する心が生まれていた。
もっとも、小夜子の反省といっても、経済的な裏付けのない一人生活など成り立つはずもなく、先走り過ぎたということだったのだが。
何があっても卒業したら、という思いは消えなかった。


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