昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十) 夜の帝王

2015-03-05 08:53:43 | 小説
「このマスターはねえ、すごい人なのよ。夜の帝王という称号を、初めてもらった男性なの。
女性客に大人気でね、毎晩大盛況だったの。それでね、伝説の接客があるのよね。
四人の女性客をね、一どきに接客してそれぞれのお客さんを満足させたんですって。
ねえマスター、ホントのなの?」

「おいおい、牧ちゃん。そんな古い話を持ち出したりして、ハハハ。
まあねえ、ずうっと以前の、若かりし頃のことだけれどね。
四人じゃなくて、実は五人なんだけど」
「ええっ!じゃ、ホントなの? テレパシーで相手したというのは」
「ハハハ、テレパシーねえ、そうなるのかな?」
「教えてよ、マスター」

カウンターを乗り越さんばかりに、牧子は身を乗り出した。
彼もまた、目を丸くして聞き込んだ。
「見ず知らずのお客さんばかりでね、あの時は実際、困った。
誰か男性客でもいれば、案外お客さん通しで盛り上がってくれるんだけどね。
その夜は、他にお客さんも入ってこなくて。
まあ、女性達もねえ、今と違って初心だったからね。

手を握り合うだけで満足して頂けた女性やら、
おしゃべりに夢中になるお客様に、時折目を見つめると真っ赤になって俯くお客様やらでね。
最後はみんなでおしゃべりして、機嫌よく帰っていかれたけれどね。
でも、疲れましたよ。
しかしまあ、現代の女性には通用しないね。

何せ、“お金の分は楽しませてよ!”ですからね。
一緒に楽しみましょう、じゃないですからね。男性も大変でしょう」

「マスター、聞き捨てならないわ。女性だって大変よ。
目で楽しませてあげようって、いろいろと気を使うんですからね。
まっ、いいわ。おしゃべり、目、そして手で二人か。
やっぱり五人目のお客さんはテレパシー?」

「五人目はお客と言えるかどうか、ねえ。
“お前は特別の女だからな、お客優先だ”って、言い含めてある女でしたから。だから、実質四人だね。さっ、できましたよ」
ピカピカに磨かれたグラスを二人の前に置くと、赤い液体が注がれた。



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