昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(九十一) こちらへどうぞ

2014-06-28 19:13:26 | 小説
(二)

「さ、御手洗さま。こちらへどうぞ」

己の失態で小夜子にまで恥をかかせた竹田、身を縮込ませて後に従った。
ビッグバンドの奏でる甘い調べなど、とんと耳に入らぬ竹田だった。
生前に勝子が興奮気味に話していた曲だとは分からずに。

「ねえねえ、勝利。
あなた、ムーンライトセレナーデという音楽、知ってる? 素敵なのよ、本当に。
小夜子さんに聞かせていただいたのだけれど、うっとりするわ。
小夜子さんね、お家でよく聞くんですって。
イン・ザ・ムードとか茶色の小びんとか、色々レコードをお持ちだってよ。
今度ね、キャバレーとかいうお店でね、生演奏を聞かせていただくの。
楽しみだわ、本当に。お幸せよね、本当に。
でもね時折、ふっとお淋しそうなお顔をされるの。
どうしてかしらねえ。早くに亡くされたお母さまに関係していらっしゃるのかしら。
なんでも、お母さまに抱いていただいたことがないと仰ってたけれども」

「姉さん。いつも言ってることだけど、外でべらべらと小夜子奥さまのことをしゃべらないでくれよ。
お淋しいなんて、絶対にだめだよ。そんな小夜子奥さまじゃないんだからね」

いつになく強い口調で勝子をたしなめる竹田だが、そのことは竹田自身も感じていることだった。

“社長がお忙しくされているから。
我がままだろうとなんだろうと、お気の済むようにして差し上げねば”

それが竹田の思いだった。


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