翌朝です。
昨日とは打って変わって、どんよりとした空でした。
きょうにはわたくしを見つけてくれる、昨夜はそんな思いでした。
なのに今朝になりますと、お天気のせいではないと思うのですが、気持ちが萎えております。
うぐいす茶の国防色の女子報国服姿のわたくしに、ひょっとして正夫が気づかないのではないか。
艶やかな着物姿しか知らぬ正夫には見つけられぬのではないか、そんな思いがあります。
それでもとにかく角を曲がって確認せねばなりません。
行き交う人々が、わたくしをジロジロと見ていきます。
うさんくさげに、明らかにさげすみの目を飛ばしてくるお方もおりました。
尋常小学校に通うのでしょうか、子どもたちも通りすぎます。
はっきりと「こじきだ!」と指さされることも。
それでも泣きたい気持ちを抑えて、立ち上がりました。
「おじょうさま、さよこおじょうさま!」
あの、イラつかされた、懐かしい声が耳に飛びこんでまいりました。
ああ、思わず涙がこみ上げてまいります。
すぐにも駆けだしたいと思う反面、それを押し留めるものがありました。
いまのわたくしは以前のわたくしではありません。
こういってはなんですが、わたくしはお姫さまでした。
正夫にとってわたくしは、崇められる存在だったのです。
わたくしのことばは絶対であり、決して逆らってはならないものだったのです。
でもでも、いまのわたくしはどうでしょう?
髪はボサボサ顔はススだらけ、そして着ているモンペもしわだらけの泥だらけ。
「ほんと白い肌だことねえ」と褒めちぎられていたのも嘘のように、あちこち傷だらけです。
戦争の真っ只中、空襲後だから仕方がない?
〝こんなの、あたしじゃない!〟。
どうしても足が動きません。正夫に背を向けたまま微動だにしません。
いえ、できなかったのです。
「おまちしていました、さよこおじょうさま」
ふたたびの正夫の声です。
待っていた? このわたくしを。
ああやはり、両親はここにいる。
ここでわたくしを待っていてくれた。
涙があふれます。
わたくしの体のどこに、これほどの水分があるのかと思えるほどに流れでます。
道行く人が、どうしたことかと足を止めているのが目に入ります。
家々から飛びだしてきた人たちが、わたくしと正夫を凝視しています。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます