昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~RE:地獄変~ (二十三)翌朝です。

2025-01-08 08:00:28 | 物語り

 翌朝です。
昨日とは打って変わって、どんよりとした空でした。
きょうにはわたくしを見つけてくれる、昨夜はそんな思いでした。
なのに今朝になりますと、お天気のせいではないと思うのですが、気持ちが萎えております。
 うぐいす茶の国防色の女子報国服姿のわたくしに、ひょっとして正夫が気づかないのではないか。
艶やかな着物姿しか知らぬ正夫には見つけられぬのではないか、そんな思いがあります。
それでもとにかく角を曲がって確認せねばなりません。

 行き交う人々が、わたくしをジロジロと見ていきます。
うさんくさげに、明らかにさげすみの目を飛ばしてくるお方もおりました。
尋常小学校に通うのでしょうか、子どもたちも通りすぎます。
はっきりと「こじきだ!」と指さされることも。
それでも泣きたい気持ちを抑えて、立ち上がりました。
「おじょうさま、さよこおじょうさま!」

 あの、イラつかされた、懐かしい声が耳に飛びこんでまいりました。
ああ、思わず涙がこみ上げてまいります。
すぐにも駆けだしたいと思う反面、それを押し留めるものがありました。
いまのわたくしは以前のわたくしではありません。

 こういってはなんですが、わたくしはお姫さまでした。
正夫にとってわたくしは、崇められる存在だったのです。
わたくしのことばは絶対であり、決して逆らってはならないものだったのです。
でもでも、いまのわたくしはどうでしょう? 
髪はボサボサ顔はススだらけ、そして着ているモンペもしわだらけの泥だらけ。

「ほんと白い肌だことねえ」と褒めちぎられていたのも嘘のように、あちこち傷だらけです。
戦争の真っ只中、空襲後だから仕方がない? 
〝こんなの、あたしじゃない!〟。
どうしても足が動きません。正夫に背を向けたまま微動だにしません。
いえ、できなかったのです。 

「おまちしていました、さよこおじょうさま」
 ふたたびの正夫の声です。
待っていた? このわたくしを。
ああやはり、両親はここにいる。
ここでわたくしを待っていてくれた。
涙があふれます。
わたくしの体のどこに、これほどの水分があるのかと思えるほどに流れでます。
道行く人が、どうしたことかと足を止めているのが目に入ります。
家々から飛びだしてきた人たちが、わたくしと正夫を凝視しています。



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