昭和の恋物語り

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大長編恋愛小説 【ふたまわり】(一)の1

2011-02-13 12:29:10 | 小説
昭和二十年八月十五日。
天皇の肉声による終戦の詔勅が、
発せられた。

歴史の転換点となる日は過去にも多々あったろうが、
この日は全日本国民に等しく衝撃を与えた。
政府及び軍人にとっては敗戦の日であったが、
一般国民にとっては終戦の日であった。

そしてこの日を境に、
価値観の大変動を余儀なくされたのだ。
顕著な例が、
それまでの教科書への炭塗りだった。
ページの大半が塗りつぶされ、
もはや教科書としての体を為していなかった。
神国日本・大和魂・皇祖皇宗の加護等々、
民衆の体に沁み付いている全てが否定された。

「汝、臣民ニ告グ・・・」
玉音放送直後から、
続々と皇居前広場に人々が集まり始めた。
自然発生的に砂利の上にひれ伏して、
皆が皆涙した。
そして朝な夕な、
皇居方面に対して最敬礼する日々を送っていた。
そんな国民の涙の中には、
悲嘆の涙、
悔悟の涙、
そして歓喜の涙があった。

「武さん、ありがとう・・」
「武さん、おおきに・・」
武蔵と同じ小隊の兵士等が、
武蔵の下に駆け寄った。
「あんたのお陰で、
戦地を免れたよ。」と、
口々に感謝の意を伝えた。

あくまで風評なのだが、
武蔵らを戦地に送ると、
便所掃除をする者が居なくなるから内地に止め置こう、
というものだった。
「あぁ、
明日からどうやって食べていけばいいんだよ。
俺は手に職を持ってねえんだ。」と、
そんなボヤキもそこかしこで聞かれた。
中には商店主やその関係者に、
雇い入れてくれと頼み込むむ輩も居た。

そんな中、
最も悲惨だったのは下士官だった。
日ごろの横柄さに、
兵士たちが反撃の狼煙をあげた。
逃げ惑う彼らを追いかけ回し、
将来の不安のうっ憤晴らしに走った。
「武さん、
あんたらが一番の被害者だ。
思いっきり、
殴んなよ。」
「なぁに
、こんな奴らが死んだところで、
誰も悲しむ奴は居ねえ。」

「いいよ、いいよ。
俺たちゃ
、もう忘れた。
なぁ、五平さん。」
「あぁ、そうとも。
もうみんな、
忘れた忘れた。」
武蔵の目配せに、
うんうんと頷きながら五平も同調した。
“便所掃除のお陰で、
どえらい情報を頂けたんだ。
感謝こそすれ、
恨む筋合いはねえわさ。”
声に出さない、
二人の本音だ。


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