昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

恨みます (十八)

2022-07-02 08:00:53 | 物語り

「あの…ひとつ、聞いてもいいですか?」
 聞きたい、でも聞くのが恐い…。
逡巡する気持ちが強く、ことばがとぎれてしまう。
小百合は、意を決して思いを吐き出した。。
「どうして、会社のそばにいらっしゃったんですか?」
「偶然に、なんて、通用しないよね」

 一樹は、小百合の目をのぞき込んだ。大きめの目の中に、嘘はやめてと訴える光があった。
「実はね、あなたが早退すること、分かってたんだ。
だから、待ってたんだ(あんたをカモるためだよ。これが、本心さ)」
「ど、どういうことですか?」
 目を丸くして、小百合は一樹の次のことばを待った。

「ぼくの姉も、以前、チカンに襲われたことがあるんだ。
で、やはりあなたのように体調を崩しちゃって」
「お姉さんも、ですか? あっ、そうですよね。
一樹さんのお姉さんだったら、きっとお綺麗でいらっしゃるから」
(ちょっと待って。さっき、一人っ子だって……。あたしの聞き間違い? そうか、そうよね。
耳がガンガンしてたから、心臓なんかも飛び出しそうだったし、きっと聞き間違えたんだわ)

「でね。帰り道、すごく心細い思いをした、と言うんです。
不安な気持ちで帰ってきた、って言うんです。小百合さん、ごめいわくでしたか?」
「と、とんでもない。嬉しかったです。ありがたかった、です。
その証拠に、もうすっかり元気になりました」
「そりゃ、良かった。ほんとに、良かった」

「それで、お姉さまはどうされました? そのお、警察に訴えるとか……」
「いや。小百合さんと、一緒。相手を突き出すことはしなかったみたい。
でもね、あとになって、すごく後悔してたけど」
「どうしてですか、それは」
 こんなものしかなくて、と小腹が空いたときに夜食用にと買い込んであるせんべいを丸テーブルに置くと、一樹の斜め前に座った。
正面では、一樹の視線に耐えられそうになかった。

「あだになった。その男に、目を付けられちゃった。何度となくチカンされちゃって。
あげく…、くそっ! 腹が立つ」
 大きくため息を吐いたまま中々話し始めない一樹に、小百合はいらだちを感じ始めた。
「あのお、それで、…。警察には、届けられたんですか?」
「いえいえ。今さら、そんな。もう、単なる痴話げんかとしか、見てくれないよ。
なにせ、何度となくされたチカンを許してるんだから」



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