「あの…ひとつ、聞いてもいいですか?」
聞きたい、でも聞くのが恐い…。
逡巡する気持ちが強く、ことばがとぎれてしまう。
小百合は、意を決して思いを吐き出した。。
「どうして、会社のそばにいらっしゃったんですか?」
「偶然に、なんて、通用しないよね」
一樹は、小百合の目をのぞき込んだ。大きめの目の中に、嘘はやめてと訴える光があった。
「実はね、あなたが早退すること、分かってたんだ。
だから、待ってたんだ(あんたをカモるためだよ。これが、本心さ)」
「ど、どういうことですか?」
目を丸くして、小百合は一樹の次のことばを待った。
「ぼくの姉も、以前、チカンに襲われたことがあるんだ。
で、やはりあなたのように体調を崩しちゃって」
「お姉さんも、ですか? あっ、そうですよね。
一樹さんのお姉さんだったら、きっとお綺麗でいらっしゃるから」
(ちょっと待って。さっき、一人っ子だって……。あたしの聞き間違い? そうか、そうよね。
耳がガンガンしてたから、心臓なんかも飛び出しそうだったし、きっと聞き間違えたんだわ)
「でね。帰り道、すごく心細い思いをした、と言うんです。
不安な気持ちで帰ってきた、って言うんです。小百合さん、ごめいわくでしたか?」
「と、とんでもない。嬉しかったです。ありがたかった、です。
その証拠に、もうすっかり元気になりました」
「そりゃ、良かった。ほんとに、良かった」
「それで、お姉さまはどうされました? そのお、警察に訴えるとか……」
「いや。小百合さんと、一緒。相手を突き出すことはしなかったみたい。
でもね、あとになって、すごく後悔してたけど」
「どうしてですか、それは」
こんなものしかなくて、と小腹が空いたときに夜食用にと買い込んであるせんべいを丸テーブルに置くと、一樹の斜め前に座った。
正面では、一樹の視線に耐えられそうになかった。
「あだになった。その男に、目を付けられちゃった。何度となくチカンされちゃって。
あげく…、くそっ! 腹が立つ」
大きくため息を吐いたまま中々話し始めない一樹に、小百合はいらだちを感じ始めた。
「あのお、それで、…。警察には、届けられたんですか?」
「いえいえ。今さら、そんな。もう、単なる痴話げんかとしか、見てくれないよ。
なにせ、何度となくされたチカンを許してるんだから」
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