昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

恨みます (十九)

2022-07-03 08:00:51 | 物語り

「そうですか。あたし、マズかったでしょうか。
こんなあたしですから、もう二度とないと、思うんですけど」
「あまい! それは、あまいよ。やっぱり、訴えるべきだったんだ」
 語気鋭く、一樹が言い放った。
「でも実は。以前、一度訴えたんです」
「ええっ? 前にもあったの! あ、ごめん。こんな言い方は失礼だよね」
「いえ、いいんです」
 話し辛そうな表情を見せる小百合に、一樹は「話してよ、気が楽になるかもよ」と、催促した。

「交番で、男の人に、逆ギレされて。あたし、ブスだから」
「なに言ってるの。そんなの、関係ないよ」
 いつの間にか、一樹が小百合の隣に来ていた。願望として抱いたことが、いま現実となっていた。
一樹にしてみれば、小百合を見ないですむ位置に移っただけのことだったが。
「今日と同じように、『こんなブス相手に、しませんよ』って。
そしたら警官も、うん、うん、って頷いてて。
すっごく恥ずかしくなって、『もういいです!』って、飛び出しちゃったんです。
で、今日も同じだろうって」


「なに、言ってんの! ぼくが居たのに。はっきり見たんだ。あいつも、認めたろう?」
「もう、いいんです。それより、お姉さん、どうなったんですか?」
「ああ、姉のこと? 思い出したくもないんだけど」
 面倒くさそうに、吐き出すように言った。
「途中下車させられて、トイレに引っ張り込まれて。まったく、考えられないよ。
そこでようやく、訴えたんだ」

 思わぬ話の展開に、小百合に動揺が走った。
自分の身には起きうるはずもないこと、それが実際にはあるということ。
まさかそこまで、と思いはするが、会社内で聞こえてくる話では、大体が示談という形で収まっている。
警察に突き出す代わりに金銭での処理よね、ということだ。
警察に届けたとしても、相手が行為をみとめて謝罪のことばを口にした場合、そこで「二度としないように」と説諭されて終わりだという。
ただし、警察署を出たのちに、慰謝料というか迷惑料ということでの金銭処理があるという。

「でもね、無罪。合意の上、ってことになっちゃって。
お決まりのパターンなの。相手に、腕のいい弁護士がついて。
こっちの、検察官は新米みたいなもんでね」
「ひどい、ひどい!」。「そんなの、許せない!」。
テーブルに突っ伏して、号泣し始めた。
 ひとしきり泣くと、「ごめんなさい。お姉さまが、お可哀相で」と、力なく立ち上がった。
泣き出すとは、思いも寄らぬ一樹だった。
“ちょっと、話を作りすぎたかな? 
それにしても、こんな話を真に受けるとは。この女、ほんと世間知らずだぜ”
“ちょろいもんだ、一丁上がり! ってところか? おっと、仕上げだ、仕上げだ”

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿