昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(三十一)の一と二

2012-03-03 13:43:04 | 小説


武蔵宅での小夜子の生活は、まるで一人暮らしをしているが如きものだった。
武蔵と顔を合わせない日すら、間々あった。
小夜子が朝目覚めた時には、既に武蔵は出社していた。
夜は夜とて、小夜子が床に就いてからの帰宅が多い。
“わたしを避けてるのかしら・・”そんな思いにすら、囚われてしまう。
“体を求めてきたら、どうしょう・・”と危惧していたことが、笑えてしまう。
それにしても不思議なもので、家事が苦手な筈の小夜子が、今は嬉々として勤しんでいる。掃除洗濯は勿論のこと、いつ帰るとも分からぬ武蔵の為に夕食を用意していた。

「社長さん、お千勢さんのことですけど・・」
「うん?千勢がどうかしたか・」
「いえ、そうじゃなくて・・」珍しく、小夜子にしては口ごもる。
「意地悪、されてるのか?よし、明日は俺が帰るまで待たせておけ!」
小夜子が慌てて、答える。
「あたしなんです。あたしの、我がままなんです。」

「我がままって……。
小夜子、話が分からん。
順を追って話してみろ。」
焦る武蔵だ。
程に小夜子を悩ませる千勢に対し、猛烈に腹が立ってきた。
千勢には手を出していない。
お手伝いと関係を持つと、何かと面倒になりそうな気がする武蔵だ。

「あたし……その…やりたいんです。
ひとりで、全部……その、やりたいんです。」
相変わらず、口ごもりながらの小夜子だ。
「やりたいって、何を?
したいことがあるなら、やればいい。
金がかかるんなら言えばいい。
小夜子の好きなこと、やりたいこと、何でもやればいいさ。」




顔を真っ赤にした小夜子がいる。
どうにも今夜の小夜子は、武蔵には理解できない。
「お千勢さんには悪いんですが、辞めて欲しいんです。
家の中のこと、あたしがやりたいんです。
社長さんには、ひよっとして迷惑をかけることになるかもしれないけど……」
意を決して、しっかりと武蔵の目を見据えて。
しかし、すぐに視線を落としてしまった。

「小夜子は、千勢が嫌いか?
分かった、分かった。
誰か、他の女にしょう。」
小夜子を抱き寄せると、頭をポンポンと軽く叩いた。
「違うの、そうじゃないの。
お千勢さん云々じゃないの。
あたしが、お料理やらお掃除やら、ひとりでしたいの。
お洗濯をしたいの。」
さらに顔を真っ赤にして、言う。

「そうか、そうか。
小夜子が料理を作ってくれるのか。
それは、楽しみだ。
そういうことなら、千勢は辞めさせよう。
うんうん、小夜子が作ってくれるのか、うんうん。」
相好を崩して、大きく頷く武蔵だ。

“一時のことかもしれんが、ま、いいさ。
飽きたと言ったら、又雇えばいいことだ。”
「いいかしら? 千勢さん、困らないかしら?」
「大丈夫、大丈夫。 
そんなことは、小夜子が心配しなくていい。
十分なことをしてやるから。
そうかそうか、小夜子の手料理をなぁ、食べられるのか……。
うんうん、うんうん。」

小夜子が来て、そろそろ半年近くになる。
あの折のことは、今でも鮮明に武蔵の脳裏に残っている。
連絡なしの、突然のことだった。





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