翌日お昼近くになって、彼は戻った。
「ただいまあ!」
努めて明るい声を、彼は上げた。
「お帰りなさい。楽しかったようね、良かったわ。夕べはどうしたの?」
割烹着の裾で手を拭きながら、母親が出迎えた。彼は、台所から出てきた母親の目を正視できずに
「はいっ。高木君のお宅で、酔いつぶれてしまいました。
ごめんなさい、連絡もせずに。まだ少し眠いので、もう一眠りします。
お昼は、要りませんから」
と、慌てて二階に逃げ込んだ。
そんな彼の狼狽ぶりを、母親はにこやかに見ていた。
「ミタライ君、無事に帰り着きましたか? 相当酔っていましたが」
今朝の高木からの電話の事は、彼には告げなかった。
女性と一夜を共にしたであろうことは容易に察しがついたが、敢えてその事には触れなかった。
親の庇護から巣立つ彼が、嬉しくもあり悲しくもあった。
ベッドに横たわった彼は、昨夜の余韻に浸っていた。
目を閉じると、あの恍惚感が蘇ってくる。
学生時代には気にも留めなかった真理子だった。
同窓会でも、お喋りな女性だとしか感じていなかった。
今、置き手紙を読んでからは、すぐにも逢いたい気持ちが湧いてきた。
=
ありがとう、タケシさん。タケシさんって、呼んで良いかしら…。
ぐっすりと眠っているようなので、先に帰ります。
送ってあげたいけれど、やっぱり恥ずかしいので先に一人で帰ります。
タケシさん、「責任」なんて考えないでね。真理子が望んだことですから。
もう逢うことも無いでしょうけど、お元気で!
でも、もし再会できたら、明るく”元気?”と、声をかけてください、ね。
最後に、もう一度言わせてください。
”ありがとう!”
真理子は、とっても幸せです。
=
彼は、何度もその手紙を読み直した。そして、真理子の優しい心遣いに感謝した。
”何て、いい女性なんだろう”
”結婚”という二文字は、まだ彼の中では熟成していなかった。
高木は近々結婚するだろうし、広尾も結婚を考えているようだ。
尤も、一足先に社会人として頑張っている二人ではある。
彼が未だ学生であることを考えれば、無理からぬことであろう。
昔からこの町では、家庭を持たぬ男は一人前として扱ってはくれない。
農家に嫁入りしてくる女性が少ないことが、男をして早婚に走らせる原因の一つになっている。
農家の嫁不足は、この町に限ったことではない。
農協は勿論のこと、最近では町役場でも”お嫁さん募集!”と銘打ったイベントを考えている。
若者の都会への流失も、最近頓(とみ)に多くなっている。
彼も又、その中の一人なのだが。
「ただいまあ!」
努めて明るい声を、彼は上げた。
「お帰りなさい。楽しかったようね、良かったわ。夕べはどうしたの?」
割烹着の裾で手を拭きながら、母親が出迎えた。彼は、台所から出てきた母親の目を正視できずに
「はいっ。高木君のお宅で、酔いつぶれてしまいました。
ごめんなさい、連絡もせずに。まだ少し眠いので、もう一眠りします。
お昼は、要りませんから」
と、慌てて二階に逃げ込んだ。
そんな彼の狼狽ぶりを、母親はにこやかに見ていた。
「ミタライ君、無事に帰り着きましたか? 相当酔っていましたが」
今朝の高木からの電話の事は、彼には告げなかった。
女性と一夜を共にしたであろうことは容易に察しがついたが、敢えてその事には触れなかった。
親の庇護から巣立つ彼が、嬉しくもあり悲しくもあった。
ベッドに横たわった彼は、昨夜の余韻に浸っていた。
目を閉じると、あの恍惚感が蘇ってくる。
学生時代には気にも留めなかった真理子だった。
同窓会でも、お喋りな女性だとしか感じていなかった。
今、置き手紙を読んでからは、すぐにも逢いたい気持ちが湧いてきた。
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ありがとう、タケシさん。タケシさんって、呼んで良いかしら…。
ぐっすりと眠っているようなので、先に帰ります。
送ってあげたいけれど、やっぱり恥ずかしいので先に一人で帰ります。
タケシさん、「責任」なんて考えないでね。真理子が望んだことですから。
もう逢うことも無いでしょうけど、お元気で!
でも、もし再会できたら、明るく”元気?”と、声をかけてください、ね。
最後に、もう一度言わせてください。
”ありがとう!”
真理子は、とっても幸せです。
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彼は、何度もその手紙を読み直した。そして、真理子の優しい心遣いに感謝した。
”何て、いい女性なんだろう”
”結婚”という二文字は、まだ彼の中では熟成していなかった。
高木は近々結婚するだろうし、広尾も結婚を考えているようだ。
尤も、一足先に社会人として頑張っている二人ではある。
彼が未だ学生であることを考えれば、無理からぬことであろう。
昔からこの町では、家庭を持たぬ男は一人前として扱ってはくれない。
農家に嫁入りしてくる女性が少ないことが、男をして早婚に走らせる原因の一つになっている。
農家の嫁不足は、この町に限ったことではない。
農協は勿論のこと、最近では町役場でも”お嫁さん募集!”と銘打ったイベントを考えている。
若者の都会への流失も、最近頓(とみ)に多くなっている。
彼も又、その中の一人なのだが。
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