昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (六)  「ただいまあ!」

2014-12-06 10:48:54 | 小説
翌日お昼近くになって、彼は戻った。
「ただいまあ!」
努めて明るい声を、彼は上げた。

「お帰りなさい。楽しかったようね、良かったわ。夕べはどうしたの?」
割烹着の裾で手を拭きながら、母親が出迎えた。彼は、台所から出てきた母親の目を正視できずに
「はいっ。高木君のお宅で、酔いつぶれてしまいました。
ごめんなさい、連絡もせずに。まだ少し眠いので、もう一眠りします。
お昼は、要りませんから」
と、慌てて二階に逃げ込んだ。

そんな彼の狼狽ぶりを、母親はにこやかに見ていた。
「ミタライ君、無事に帰り着きましたか? 相当酔っていましたが」
今朝の高木からの電話の事は、彼には告げなかった。
女性と一夜を共にしたであろうことは容易に察しがついたが、敢えてその事には触れなかった。
親の庇護から巣立つ彼が、嬉しくもあり悲しくもあった。

ベッドに横たわった彼は、昨夜の余韻に浸っていた。
目を閉じると、あの恍惚感が蘇ってくる。
学生時代には気にも留めなかった真理子だった。
同窓会でも、お喋りな女性だとしか感じていなかった。
今、置き手紙を読んでからは、すぐにも逢いたい気持ちが湧いてきた。


ありがとう、タケシさん。タケシさんって、呼んで良いかしら…。 
ぐっすりと眠っているようなので、先に帰ります。
送ってあげたいけれど、やっぱり恥ずかしいので先に一人で帰ります。 
タケシさん、「責任」なんて考えないでね。真理子が望んだことですから。
もう逢うことも無いでしょうけど、お元気で! 
でも、もし再会できたら、明るく”元気?”と、声をかけてください、ね。
最後に、もう一度言わせてください。
”ありがとう!”
真理子は、とっても幸せです。


彼は、何度もその手紙を読み直した。そして、真理子の優しい心遣いに感謝した。
”何て、いい女性なんだろう”

”結婚”という二文字は、まだ彼の中では熟成していなかった。
高木は近々結婚するだろうし、広尾も結婚を考えているようだ。
尤も、一足先に社会人として頑張っている二人ではある。
彼が未だ学生であることを考えれば、無理からぬことであろう。

昔からこの町では、家庭を持たぬ男は一人前として扱ってはくれない。
農家に嫁入りしてくる女性が少ないことが、男をして早婚に走らせる原因の一つになっている。
農家の嫁不足は、この町に限ったことではない。
農協は勿論のこと、最近では町役場でも”お嫁さん募集!”と銘打ったイベントを考えている。
若者の都会への流失も、最近頓(とみ)に多くなっている。
彼も又、その中の一人なのだが。


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