ここで、老人のことばは終わりました。出席者のだれも、ひと言も声を発しません。
静寂がこの場をとりしきっております。
きょうは重陽の節句である、九月九日です。
まだまだ残暑のきつい日々がつづいております。
ふた間のへやを使っての大部屋でございます。
二台のエアコンがフル回転しているとは申しましても、なにせ集まった人数が多うございます。
あらためて申しますが、本日は大婆さまの三十三回忌でごす。
最後の年忌法要として盛大に執り行っております。
妙齢のご婦人がお迎えにあがられました。
お孫さんでしょうか、切れ長の目をされていて鼻筋も清々しく、清楚な感じの娘さんでございます。
「お父さん、またよそさまのお宅に上がり込んで、だめですよ。
申し訳ありません、みなさん。
お通夜の席をお騒がせいたしまして、ほんとうにもうしわございません」
「おお。小夜子、さよこ……」
弱々しい老人の声が、耳に残ります。
「失礼ですが、ご老人の……?」。
善三さんが立ち上がられて、わたしだけでなく皆さんが疑問に関しだていることをお尋ねになりました。
「失礼いたしました。あたくし、田所妙子と言いまして、この正夫の娘ございます」
「いま、たえこ、と仰いましたかな?」。善三さんが、再度お尋ねになります。
「はい、妙子でございます。小夜子は、わたくしの母でございます。昨年になくなりました」
思いもかけぬことに、「ひょっとして、ご老人は……」と、ことばを切られました。
いかな善三さんでも、そのことばを口にすることはためらわれたようでした。
「はい。お察しのとおりでございます。母の死後に、痴呆症と診断されました」
大きなどよめきが起きるなか、そのことばとともに、深々と頭を下げながら去って行かれました。
ふたりが去った後、「ふーっ」と、みなさんが一斉にため息を吐きます。
澱んだ空気が部屋全体をおおっています。
タバコの煙があちこちから漂いはじめ、開け放たれた障子から庭先と流れでていきました。
そしてその煙が空にのぼり終えたとき……
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