昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港](三)歯

2016-03-03 09:03:22 | 小説
「うわあ、おじさんの歯ってきれいだネ。
あたい、タバコのヤニで黄色くなっていると思ってた。
うちのネ、工場長がそうなんだ。
一日にネ、五十本も吸うんだって。
おじさんは?」

 男は、その会話の移り変わりの速さに戸惑いながら、
「そうだなあ、二箱だから四十本位かな? タバコのにおいは嫌いかい?」
 と、クルクル回るその目を覗き込んだ。

「うん。工場長のは嫌いだけど、おじさんのはいいみたい。
タバコが違うのかな? へへへ。
うーんと、何の話だったっけ」
「君の彼氏のことだよ。聞かせて欲しいな」

 男は、深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。
その煙を、少女は素早く吸い込むと、少しむせびながら
「おいしいね、この煙」
 と、はにかんだ。

「ハハハ、そうか話したくないのか。それじゃ仕方ない、話題を変えようか」
「いいよ、話しても。おじさんがこのレスカを飲んだら、話してあげる」
 悪戯っぽく鼻に小じわを寄せて笑うと、レモンスカッシュを男の元に押しやった。
「わかった、わかった。それじゃ頂くとしよう、ありがたく。お嬢さん」

 男は、娘の口紅がついたストローを口に含み、勢い良く吸い込んだ。
レモンの香と共に、まだあどけない処女の酸っぱさを喉に感じた。
「さあこれで、おじさんとあたいはギキョーダイだよ。
でも、あたいは女だから、ぎ、ぎ‥どう言えばいいの?」

 どうしても、男と特別の間柄だと決めつけたい思いにかられている。
見知らぬ男にのこのことついて行くなど、少女には思いも寄らぬことだ。
そんな自分に戸惑いを感じ、どう処して良いのか分からない。


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