昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~(十四) 忘れて! 全て!

2015-07-10 08:56:09 | 小説
高速道路に入ると、麗子は車のスピードをグングン上げた。
メーターを見やると、優に100kmを越えていた。

「どこへ、行くんですか?」

不安げに尋ねる彼に、麗子は薄ら笑いを浮かべるだけだった。
今日の麗子は、彼の知る麗子ではなく、異邦人のように感じられた。

彼は、手紙の一字一句を思い出してみた。
麗子の意図を、何とか掴もうとしてみた。

“もう、以前の僕じゃない。
それなりに、恋愛経験を積んできたんだ。振り回されるだけの、僕じゃないぞ”
そんな身構えている彼に対し、麗子は手紙のことを切り出した。

「手紙、もう読んだでしょうね。投函した後になって、後悔しましたの」
意外な言葉だった。
それまでの強い口調ではなく、弱々しささえ感じられる。

「読みました」
「そう‥‥」
落胆の色が、麗子の表情から読みとれた。

「じゃ、仕方ないわね。でも、忘れて! 全て!」
麗子はキッと前を見据えたまま、強い口調で答えた。

“麗子さんには、まるで時間の観念がないみたいだ。
僕の十ヶ月は、麗子さんには一日ですか!”

声に出せない思いを、彼は頭の中で叫んだ。
せめてと、麗子の横顔を凝視した。
しかし麗子は微動だにしない。
彼の凝視を、当然の如くに受け止めている。
微かな笑みさえ湛えている。


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