昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十五) 三と四

2012-09-09 17:19:45 | 小説

(三)

いやも応もない、小躍りせぬばかりの千夜子だ。

“何としても、話を決めなきゃ。

ここが勝負よ、別れ道なのよ。”

と、気合を入れまくる。

最新モードに身を包み、派手目の化粧で気合い充分だ。


“何としても取り引きさせなきゃ。”
と思いはするものの、“立派なビルねえ。

えぇい! 千夜子、気後れしてどうするの! 頑張れ!”
と、ひるむ心に気合を入れ直す。

忙しなく動き回っている一人に声をかけた。

「すみません。

社長さんは、お見えでしょうか?」

「はあ? すみません、小売りはしてませんので。

卸し専門なんですよ、富士商会は。」
と、にべもない。

「いえ、そうじゃないんです。

お約束をしてあるんです。」

「約束って、社長にですか?」

胡散臭げに、じろじろと見る。

どう見ても、水商売関係に見えてしまう。


店先で押し問答を続ける二人に気付いた事務方の京子が飛んできた。

「ちょっと、だめでしょ! 店先で。」

「いやこの人が……」

「社長さんとお約束している、松尾千夜子と言う者ですが。」

「お約束、ですか? 松尾さまですね。」

どうも話が通じていないようだ。

困ったことになったと思っている千夜子に、救いの神が現れた。




(四)

「ひょっとして、美容室の方ですか?」

「はい、そうです。」

そのひと言に、聞き耳を立てていた者たちから歓声が上がった。

「あのぉ、小夜子奥さまって美人ですか?」

「背丈はどれ位ですか?」

「笑顔が素敵だって、聞いたんですけど?」

どっと取り囲んで、口々に質問を浴びせ始めた。


「いい加減にしろ! 困ってみえるだろうが。

失礼しました、中へどうぞ。」
と、中山が一喝した。

「じゃ、一つだけお答えしますわ。

とっても素敵な方ですよ、皆さん。

お会いになられたら、きっとため息をつかれますわよ。」

一斉に、拍手が沸き起こった。

「こら! 何を騒いでるんだ!」
と、奥まった部屋から武蔵が顔を出した。


「社長! ほら、美容室の方ですよ。」

「えっ! あぁ、これはこれは。

うーんと、俺の部屋でお待ちしてもらえ。

あぁ、もう五時になってる。
すみませんな、少し押してしまいまして。」


「お忙しいようでしたら、また日を改めまして……」

若者たちの熱気に押され、又しても気後れしてしまった。

「いやいや、とんでもないです。

この客で今日の仕事は打ち止めですから。」


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