昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十五) 一と二

2012-09-08 17:29:49 | 小説
(一)

翌々日、千夜子は意を決して電話をかけた。

会社に連絡を取り、そして自宅にかけ直した。

非常識だと思いつつも、背に腹は代えられない。

じり貧の店を立て直す切り札になるのだと、勢い込んだ。


「奥様の具合は如何でごさいますか? 

気になっておりまして。 」

いかにも心配げに、声のトーンを落として話す。

普段はどちらかと言えば甲高い声で話す千夜子だった。

「いやあ、これは申し訳ないことでした。

お礼にも伺っておりませんで。

お陰さまで、随分と落ち着いてきました。

今、台所にいるんです。

呼びますか?」

怪訝な面持ちで、電話を受ける武蔵。


「いえいえ、そんなことは宜しいんです。

そうですか、ご快方に向かわれてみえますか。

そりゃ、良うございました。

店でのご様子がただ事ではありませんでしたので。」


「まったくでした、本当にありがとうございました。

適切な処置ですと、医者も言っておりました。

加藤と言う人物に、良い感情を持っておりませんので。

あ、いやいや。専務の加藤ではないんです。

同姓の者がおりまして……」


“何を話すんだ、俺は。

余計なことじゃないか。”
と、苦笑する武蔵だ。

しかし千夜子の声に、武蔵の琴線に響くものを感じた。

“中々、艶っぽい声じゃないか。”




(二)

「実は……折り入ってご相談がございまして……」

“自宅にまでかけて来るとは。

この女、余程にしたたかだな。

金の無心か? まずいことをした、そこまで気が回らなかった。

五平にしても珍しいことだな。

あいつもそれだけ慌てたということか。”


「実は、奥様から良いお話を伺いまして、その件で……
非常識だと言うことは、重々承知しております。

ですが、どうしても社長さまにおすがりしたく……」

切羽詰っている様が、手に取るように分かる。


「どんなことでしょう?」

「明日、お会いできませんでしょうか?」

突然に、すがるように両手を合わせる様が武蔵の脳裏に浮かぶ。

「明日ですか? うーん…そうですな……」

「申し訳ありません、無理なお願いを致しまして。

まだ日にちも経っていないというのに、ご無理を申しました。」


千夜子の溜め息に、艶を感じた。

“これは何とも…。

どうにも気になる声だ。”
と、浮気の虫が騒ぎ出した。

そろそろ銀座にでも足を伸ばすか、と考えていた矢先のことだ。

「待ってください、そうですなあ……。

明日というわけにはいきませんが、何やらお急ぎのようだ。

ニ三日後ということなら。

こちらから連絡しますよ。

小夜子の状態も良くなっていることですし。」


翌日、明日の夕方で良ければと、連絡を入れた。

「かしこまりました。

五時過ぎでございますね? 

ご無理を申しまして、本当に申し訳ありません。

その時間に会社の方へお伺いさせていただきます。」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿