長編恋愛小説 ～水たまりの中の青空・第一部～ （八） ダンスの練習だあ！

「おいっ、こらっ！　ミタぁ、起きろ！　練習だぞ、ダンスの練習だあ！」
耀子が突然に、酔いつぶれてテーブルにうつ伏していた彼の、頬を抓ったり耳たぶに噛みついたりした。
「はいっ、わかりました」
応えはするものの、彼の体はピクリともしなかった。

「のぶこ、氷を取って。どうしても、起こしてやる」
「うひゃああ！」
首筋に押しつけられた氷に、彼は奇声を上げた。
そして背筋に沿って滑る氷の冷たさに、起こされた。

しかし目の前は真っ暗で、何か柔らかいものに圧迫されていた。
耀子の胸の中に埋まっていることに気付くまで、少しの時間を要した。

「やっと、起きたわね。さあ、レッスンよ！」
耀子に促されながら、ふらつく足で彼は立ち上がった。
足下のおぼつかない彼は、耀子に抱きかかえられるようにして、ワン・ツー・ワン・ツーと、掛け声に合わせてステップを踏んだ。
霞がかかったような頭ながらも、足をひきずるようにして耀子の動きに合わせた。

次第に、一枚一枚薄皮を剥ぐように意識がはっきりしてきたものの、体は未だ眠っていた。
社交ダンスというよりはチークダンスに近い状態で、彼は耀子にもたれ掛かりながら摺り足をしているだけだった。
「ミタちゃん、しっかりしなさい！　男でしょうに」

耀子は動きを止めて、彼を叱咤した。
しかしどうしても、立っていられなかった。
「のぶこ。だめだわ、こりゃ」
耀子は救いを求めるように、のぶこに声を掛けた。

「無理よ、耀子。お酒が抜けてないもん。諦めなさいって」
ソファに移っていたのぶこは、耀子をたしなめるように答えた。
そして徐に立ち上がると、耀子と二人してソファに彼を移した。
座らせてはみたものの、彼はすぐに倒れるように横になった。