昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港] (三十二)

2016-04-12 08:58:19 | 小説
しかしミドリは、それでも他愛ないことを一人しゃべり続けた。
男は苦笑しながらもそんなミドリのおしゃべりに 、心が和んでいることを感じた。
次第に、足取りもしっかりしてきた。
一人歩きもできそうだ。
しかしミドリ自身、男の腕から離れる意志はない。
それどころか、ますます腕にしがみついた。
一夜限りの恋人気分を、楽しんでいた。 

急に 、ミドリの体が、男の腕からずり落ちそうになった。
歩道の段差に気付かず足を踏み外してしまった。
男はすぐにミドリの体を支えた。
ミドリの鼓動が高鳴り、立ち止まった。
一、二秒程のことだったが、二人にとっては長い時間に思えた。

ミドリの目が閉じられた。
男は、唇を重ねた。
ミドリは震えていた。ミドリにとって、初めてのキスだった。
「お酒を」と、口にした時から予感を感じていた。
いや、望んでいたと言うべきだろう。

雨宿り時の 語らいの時から、男に対して好感を抱いていた。
今夜にしても、実のところは偶然ではなかった。
兄との待ち合わせなど、そもそもなかった。
今夜は会える、明日にはきっと‥‥殆ど毎日のように、あの場所立つミドリだった。

「送るよ」という男の言葉に、ミドリは頑として従わなかった。
意外だった、こんなに強情な面があるとは思ってもいない男だ。
結局、男が先に降りることになった。
平井くんに見つかるのが嫌なのだろうと、男は考えた。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿