昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~ (九十三) 産婆は呆れ顔で見るだけだった

2014-07-24 09:14:28 | 小説
(六)

大声で叫び続けている小夜子を、産婆は呆れ顔で見るだけだった。
心配顔の千勢に対して
「いいから、このままにしておきなさい。まだまだよ、これからなんだから」
と手で制した。

「でも…。奥さまのご様子、ただ事じゃないと思いますけど」

「大げさなのよ。こんなことでお医者さまの手を煩わせたら、あたしゃ物笑いの種になっちまうよ。
恥ずかしくて、表も歩けなくなっちまうよ。ほっときなさい。
あたしが来るのだって、ほんとは早いくらいなんだから。
これ、小夜子さん。そんなに大きな声で騒ぐもんじゃないわよ。
ご近所に丸聞こえだよ。ご迷惑ですよ、ほんとに。
こんなもの、当たり前の陣痛じゃないか。
三十分の間隔だろうが。まったく情けないねえ、いい若い者が」
ぴしゃりと、小夜子の要求をはねつけた。


「だって、だって。お医者さまの言いつけ、キチンと守ったわよ。
だからこんなに痛いのは、きっとどこか病気なのよ。
急がないと、わたし死んじゃうかもよ。うっ、痛い!痛い! また来たわ。
あ、あ、何とかして。こんなに痛いのは、きっとどこかが」

「しようのない子だねえ、もう。それじゃ、とっておきのおまじないをしてあげるよ。
これをすれば、楽になるからね」

小夜子のお腹を両手でさすりながら、もごもごと呪文らしき言葉を唱え始めた。


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