10日(月)。新型コロナ対応の緊急事態宣言の延長決定に伴い、東京都が独自に決めた12日以降の休業要請などの措置で、業種や施設によって明暗が分かれています 無観客の要請が解かれる劇場やコンサートの関係者らは安堵する一方、休業要請が続く映画館や美術館からは不満の声が聞こえます
コンサートや劇場などは「人数上限5千人かつ収容率50%、午後9時まで」の要請となります
一方、1千平方メートル超の映画館、美術館、博物館、科学館、水族館、動物園などは休業のままとなります
「文化を守る」という側面から考えると、今回の都の対応はちぐはぐです 同じ映画館でも、いわゆるミニシアター系の映画館は現在の緊急事態宣言下でも開館しており、入館時に検温、手指の消毒、マスクの着用、食事の禁止、入場者数の制限など徹底的な感染対策を講じた上で上映を続けています
しかし、これはミニシアターに限らず、大手のシネマコンプレックスも同様の対策を取っています
シネコンは5000人も入る大きな映画館が一つある訳ではなく、複数の作品が同時に上映できるように、一定の人数が収容できる部屋がいくつか集まっているに過ぎません
そしてコンサートと同様に大声を出すところではありません。その意味では劇場やコンサート会場と同じように収容率50%に抑えて上映できないわけがないのです
また、美術館や博物館などについても、全面的に開館するところまではいかなくても、これまでやってきた事前申込制などによって入場者を制限することで開館できるのです
この問題を考える時にいつも思うのは、政治家や官僚の多くは普段からコンサートに行ったり、映画を観たり、美術館に行ったりする習慣のない人たちで、実態を知らないまま机上の空論を唱えているのではないか、ということです コロナ禍の現在、とくに内閣府、厚労省、文科省などの現場の職員の皆さんは余裕がないということは一定の理解ができますが、世の中がどう動いているか、実態把握する努力はすべきだと思います
ということで、わが家に来てから今日で2312日目を迎え、神奈川県・横浜市のマンションから、体長約3.5メートルのニシキヘビが逃げ出してから4日目となるが、警察による捜索が続けられている というニュースを見て感想を述べるモコタロです
江戸っ子のヘビが2匹逃げてもニシキヘビとは言わないけど 重ければヘビー級だよ
昨日の日経 The STYLE/Culture 面のコラム「名作コンシェルジュ Music」で 音楽評論家の鈴木淳史氏が、アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによるモーツアルト「後期三大交響曲」のCDを取り上げていました
ニコラウス・アーノンクールは1929年ドイツ・ベルリン生まれ。ウィーン交響楽団にチェロ奏者として入団し、1953年に古楽器集団「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を結成、数々の刺激的な名演を残す 2016年に86歳で死去
鈴木氏はアーノンクールの演奏スタイルを次のように端的に表現しています
「個々の楽曲には、それが生まれた時代に見合う表現様式、加えて作曲家の強い個性がある それを蘇らせることで、失われたインパクトや生々しさを現代の聴き手に与えようとするのが、彼のスタイルだった
」
ヴィヴァルディの「四季」のレコードが発売された時は、あまりの激しさと生々しさに圧倒されましたが、今まさに生まれたばかりの音楽のように聴こえました
鈴木氏は1曲目の交響曲第39番について次のように書いています
「すさまじいコントラストに圧倒される アクの強いスタッカートと脱力を誘うテヌート。第3楽章は、猛烈なスピードで野趣たっぷりに走り抜く主題と、テンポをぐっと落としてしなやかに進む中間部
」
第3楽章は「メヌエット:アレグレット〜トリオ」ですが、冒頭のスピードは「アレグレット」というよりも「プレスト」の方が相応しいと思います 私はこれほど速い演奏を知りません
その反面、「トリオ」に移ると木管にたっぷり歌わせて情緒を感じさせます
このメリハリこそがアーノンクールの真骨頂だと言えます
第4楽章のフィナーレが終わるや否や、すぐに第40番の第1楽章「モルト・アレグロ」の有名なテーマが出現します まるで第39番と第40番は一続きの音楽のように感じさせます
実は、アーノンクールは、第39番から第41番を3曲ワンセットの「管弦楽によるオラトリオ」と捉えているのです 1枚のディスクの収録時間(74分ー80分)の関係で3曲すべて収めることができないので、第41番だけは2枚目のディスクに収録していますが、もし3曲とも1枚に収録できたら第40番の第4楽章「アレグロ・アッサイ」が終わるや否や、第41番の第1楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」が始まるように収録していたのではないかと推測します
鈴木氏は、過去2回の同じ3曲の録音(1980年代=ロイヤル・コンセルトヘボウ管、1991年=ヨーロッパ室内管)と比べて「恰幅が良くなった印象」を受け、「かつては、まるでパンク・バンドにように荒々しいエネルギーを売りにしていた楽団の見事な成熟っぷり」に感嘆していますが、2013年10月の録音による第3回目の本録音が「管弦楽によるオラトリオである」とするアーノンクールの考え方について一切触れていません 紙幅の関係もあるでしょうが、アーノンクール・ファンとしては一言触れてほしかったと思います
コンサートができるようになってホッとしてはいますが、美術館や博物館など、どこをどう考えても感染しなさそうなところが不許可とは、単純に喜べないことばかりです。
toraさんの考察の通り、現状を全く知らない人たちが数字だけで物事を決めているのだろうと思います。それは結局コロナの施策についても同じことで、引退した看護師さんを引っ張り出すとか言ってまるで現場というものを理解していません。
オリンピックをやめたとしても日本が立ち直るにはあと何年も何年もかかるような気がします。その間に文化は滅んでしまいます。
政府のやり方でいつも思うのは、行き当たりばったりの施策で、中長期的視点が欠けていることです。
それと、国と地方公共団体との連携が上手くいっていないということです。
何と言っても文化を大切にする人たちに国を任せたいと思います