31日(木)。早いもので10月も今日で終わり、今日を入れて今年も残すところ62日。最近特に感じるのは、月日の流れは本当に速いものだ、ということです
昨日、会社帰りに新宿ピカデリーに行って10月2日(土)10時から上映されるMETライブビューイング、チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」の座席指定を取りました この映画は2日から1週間、東銀座の東劇でも上映されますが夜のみのため、休憩2回を入れて3時間45分の上映時間を考えると、ちょっときついので朝から上映される新宿ピカデリーを選ぶことにしました 座席はかなり後方のJ列、左ブロック通路側を押さえました。映画館に行くとガラガラなのに前方の席を選ぶ人がいますが、あれは信じられません。上を向いて観ることになるため姿勢が悪くなり、目にも首にも良くないと思います
ところで、このオペラを観るのも聴くのも初めてです。大舞踏会のシーンで演奏される「ポロネーズ」しか聴いたことがありません。CDも何も持っていないので予習ができないため、ぶっつけ本番で観ることになりますが、メロディー・メーカー、チャイコフスキーの曲ですから聴きやすいのではないか、と期待しています。土曜日が楽しみです
閑話休題
岸本葉子著「できれば機嫌よく生きたい」(中公文庫)を読み終わりました 岸本さんは1961年鎌倉生まれ。東大教養学部を卒業、会社勤務を経て中国北京に留学経験のあるエッセイストです。数年前にNHK-BS放送で放映していた「週間ブックレビュー」という番組にゲスト出演していた岸本さんの楚々として美しい姿を思い浮かべます
「アラフィーでおひとりさま」になってしまった一人の女性の素直な気持ちを書いたエッセイ集です 著者はかつて大腸がんの手術をしており、その時のことをエッセイに書いて出版しています。この「できれば機嫌よく生きたい」も、最初のうちは病気のこと、ピロリ菌のこと、持病いろいろのこと、交通事故に遭ったこと・・・・・と、暗い話ばかりで、途中で嫌気がさして読むのを止めようかとも思いましたが、読み進めるにしたがって話題も広がり、何とかついていけるようになりました
とくに印象に残っているのは「言いたいことをゆっくりと」というタイトルのエッセイです 超訳すれば、
「エッセイを仕事にして20年になる。題材は日常の出来事。原稿依頼は、何でもいいから自由にどうぞ、というケースはほとんどない テーマを示され、原稿用紙にして何枚、というように求められる。テーマに沿ったエピソードを書いてみたら指定の原稿料を大幅にオーバーしてしまった時どうするか。最初は、話の構造を変えずに”圧縮”する。例えば会話を「 」で括って出さず、地の文に入れてみる。しかし、そうすることで臨場感がなくなることはある。面白さも減少する 原稿の依頼者に対し、原稿量を増やせと要求する人もいるが、それは仕事ではない。そういう時には『全とっかえ』をやる。つまり、そのエピソードを諦めて、別のエピソードを取り上げて指定の原稿量にまとめることになる」
岸本さんの言いたいことはよーく分かります。毎朝書いているこのブログも同じような境遇だからです 私の場合も、最初に長めの文章を書き、あとで見直しをしてダブっている言い回しを削除したり、より短い言葉に置き換えたり、いろいろと、もがきながら書いています。ただ、岸本さんと違うのは、テーマは自由だし文章量の指定が無いことです 一つだけ制約があるとすれば、朝7時にはブログとしてアップしなければならないということです。とくにコンサートについては、その翌朝には必ずアップすることを自分に課しています。もっとも、これは自分で決めたルールなので、何も7時にアップする必然性はないのですが、意志の弱い怠け者の私にとっては、自分自身に一定の制約を課さないと毎日続けることができないことが分かっているからです
先日読んだ阿川佐和子さんのエッセイ「残るは食欲」を読んで、岸本葉子さんの「できれば機嫌よく生きたい」を読むと、いかに文章のスタイルが違うかがはっきりと分かります 端的に言えば岸本さんのエッセイは”生真面目”、阿川さんのエッセイは”遊び精神”です 岸本さんはエッセイストなので、毎日同じような単調な生活を送る中で見たこと、聞いたこと、感じたことを書いている訳ですが、阿川さんはテレビ番組の司会者であり、インタビュアーであり、エッセイストであり、大ベストセラー「聞く力」の著者であるという立場で、刺激に満ちた生活の中で見て、聞いて、感じたことを”語り言葉”で書いているところが大きな違いです
岸本さんも文章の中で、時々ユーモアのセンスを発揮するところがあるのですが、どうも私にはストレートに響いてきません その点、阿川さんの文章は直接的に入り込んできて脳内を掻き回します。一言で言えば”超面白い”です それは、こうして読み比べをしてみるとよく分かります