28日(水).昨夕,紀尾井ホールで萩原麻未(ピアノ)と高野麗音(ハープ)のデュオ・コンサートを聴いてきました 萩原麻未は広島県出身で5歳からピアノを始めました.2010年にパリ国立高等音楽院修士課程を首席で卒業し,同年ジュネーヴ国際コンクールで日本人として初めて優勝しました.高野麗音は10歳からハープを始めました.東京芸大を経て同じく2010年に同音楽院修士課程を首席で修了しました.2人はパリ国立高等音楽院の同期生ということになります
プログラムのうちハープ・ソロは①ドビュッシー「アラベスク第1番」,②ヒンデミット「ソナタ」,③フォーレ「即興曲」,④サンカン「主題と変奏」で,ピアノ・ソロは①フォーレ「ノクターン第1番」,②スクリャービン「ピアノ・ソナタ第4番」,③ドビュッシー「喜びの島」,④サン=サーンス「トッカータ」,デュオは①プーランク「シテール島への船出」,②ラヴェル「鐘が鳴るなかで~耳で聴く風景より」,③台信遼「Stray Light for harp and piano」,④ラヴェル「ラ・ヴァルス」です.
当初コンサート・チラシではフォーレのノクターンは「第4番」になっていたので,そのつもりで予習をしていたのですが,プログラムを見て初めて「第1番」に代わっていることに気が付きました.はっきり言って間に合いません
最初はハープでドビュッシーの「アラベスク第1番」.高野麗音はブルーのシルクっぽいドレス,胸で黒のリボンを結び後ろに流した衣装で登場.随分緊張している様子です この曲はピアノ音楽の世界に新たな地平を切り開いたと言われる曲です.彼女のハープで聴くと,まるでハープのために作曲されたように感じます
次はピアノでフォーレの「ノクターン第1番」.萩原麻未は白のキラキラ輝くドレスで登場.高野と違って,笑顔でリラックスした表情です.瞑想的な曲想を描いていきます
3曲目はデュオでプーランクの「シテール島への船出」.ヴァトーの絵画からタイトルを取った曲で,映画音楽の中から2台のピアノのために編曲された小品です.楽しい”船出”にふさわしい弾むような曲想を,いかにも楽しそうに演奏します.聴いている方も楽しい気分になります.
4曲目もデュオでラヴェルの「鐘が鳴るなかで~耳で聴く風景より」.2台のピアノのための曲で,音によってイメージの描写を試みた若きラヴェルの意欲作です.ピアノとハープによって鐘の音が聴こえます
5曲目はピアノでスクリャービンの「ピアノ・ソナタ第4番」.ゆったりした序奏に次いでテンポ・アップしたテーマが奏でられます.この曲での萩原麻未の演奏を何と表現したらいいのか.”ジャズのような”,”作曲者が乗り移っているような”圧倒的なスピードと迫力です
前半の部最後はハープでヒンデミットの「ソナタ」.ナチス政権から逃れ1939年に亡命先のスイスで作曲されました.この曲が終わって,やっと高野の顔に安堵の表情が見られました
後半最初の曲は台信遼(だいのぶ・りょう)の「Stray Light for harp and piano」.タイトルは光学の用語「迷光」から採られているとのこと.この公演のスポンサーの委嘱により作曲され,今回が初演とのことでした.光の乱反射を音楽で表現したような,と言ったらいいのでしょうか.デュオでは高野がこちらの正面を向くので足使いがよく見えます.まさに”白鳥の水かき”のごとく,かなり頻繁にペダルを踏んだり離したりしています.ハーピストって大変だなあ,と同情してしまいます 演奏後,若き作曲者が舞台上に呼ばれ拍手に応えていました.
2曲目はハープでフォーレの「即興曲」.高野も大分落ち着いてきた様子で,軽やかに,ときに力強く演奏します.次いで3曲目もハープでサンカン「主題と変奏」.サンカンは20世紀フランスの作曲家とのこと.ハープでなければ表現できない演奏法で効果を狙います.
4曲目はピアノでドビュッシーの「喜びの島」.18世紀の画家ヴァトーの「シテール島への巡礼」に着想を得て作曲されたと言われています.萩原麻未は色彩感に満ちた曲想を自由自在に表現します
5曲目もピアノでサン=サーンスの「トッカータ」.ピアノ協奏曲第5番の終楽章に基づく曲で,技巧的にも相当難しいと言われる曲です.萩原麻未は,息もつかせないスピードで,力強く弾ききります.時速300キロといった感じでしょうか.単なる技術が優れているといったレベルでなく,きちんとした音楽として耳に届きます.この点が並みのピアニストと違うところでしょう
最後はデュオでラヴェル「ラ・ヴァルス」.つまり「ワルツ」です.最初は低音部の渦巻きから,徐々にワルツのメロディーが浮かび上がり,熱狂的な踊りになって,最後は圧倒的な集結部になだれ込みます.
アンコールに応えて演奏したのはラベルの「マ・メール・ロワ」から「パゴダの女王レドロネット」でした.リラックスして演奏していました
今回初めて萩原麻未のピアノのソロを聴きましたが,彼女は天性のリズム感を持っているのではないか,力を入れるべきところを心得ているのではないかと思いました.テニスをやったことがある人は分かると思いますが,普段はラケットを持つ手に力を入れないものです.いざボールを打つ瞬間にグリップを握って打ち返すのです.彼女の演奏は,そうしたことを自然に発揮出来ているように思います
そう思ったこともあって,萩原麻未のピアノ・リサイタルのチケットを買いました。11月17日・紀尾井ホールです。ソロのリサイタルとしては日本デビューになるのではないかと思います。プログラムは①ハイドン「ピアノ・ソナタニ長調Hob.XV1-33」②べリオ「5つの変奏曲」③ラフマニノフ「コレルリの主題による変奏曲op.42」④シューマン「アラベスクop.18」⑤シューマン「謝肉祭op.9」です。古典派から現代曲まで幅広い選曲です。楽しみがまた増えました