数ヶ月前にも成績表らしきものを持って帰ってきたけど、またまた成績表を持って帰ってきました。何学期制なんだか。。よくわからない。。
お兄ちゃん、学校でよく頑張っているようで、とても良い評価をされていました。
私とダディ君を日本代表、カナダ代表のようにして話すのは、おかしいとは思うのですが
この前ダティ君と話していて気がついた事があります。
ここがもしかしたら、日本の教育とカナダの教育の大きな違いなのでは。。。とも思ったり。
だいぶ忘れていますが、私、試験勉強で暗記した事などは今でも覚えているものがいくつかあります。例えば、歴史の年号とか、元素記号とか、細胞の中にある物質の名前とか、世界で一番長い川。とか、流域面積が一番広い川とか。各地の有名な特産物とか。
忘れているのもあるけれど、覚えているものも意外とある。でもそれだけ覚えていても、あまり日常で役に立たないとうか、意味がないんだよね。。覚えていて良かったー!!と思った事ってあっただろうか。。。。
この前は ”アウストラトピテクスって、英語で何て言うの?” と私が聞いたんだけど、アウストラロビテクスが ダディにとっては??で、発音が違うのかな。。。クロマニヨン人とか、北京原人とかネアンデルタール人とか、別の名前もあげてみたけど、ピンとこないみたいで、Wikipediaを使って見せたけど、知っているような、知らないような反応で。。えーーー!!っと思ったけど、まー別に知らなくても日常生活に支障はないよね。一般常識とも言われるのかもしれないけれど、私も名前を暗記していても、その特徴を述べよ!と言われたら。。何だっけ???ってなっちゃう。
ダディ君は、わからな事があると、調べる能力にすぐれている。なので、覚えていなくても、必要があれば自分で情報から探し出して解決できる。でも私は、ある程度の知識はあっても、リサーチ&解決力は高いほうでは無い気がしている。特に英語ではgoogle でリサーチかけても、欲しい情報に辿りつかない事もある。。
計算も、単純計算は、ダディ君よりも早いんだけど、状況に応じて計算式を自分で考え出したり、複雑計算はダディ君得意分野。でも、私はそっちは苦手。正確さは大事だと思うけど、計算の早さよりも、どう使えるかの方が大事だよね〜。
もちろん、日本にも私よりも優秀な方達は山程いるので、自分を基準にしてしまったら本当に失礼な話ですが、同じような人、少なく無いんじゃない!? みなさまどうかしら?? この状況の違いは何が原因なんだろう。。。と振り返った時に、試験の解答を埋める為に覚える事、詰め込み重視でそれができれば点数が取れ評価されるのが日本の教育で、リサーチをする事や、自分で考えて何かを作る事、問題解決の方法を考える事、その過程も評価してくれるのがカナダ式なのかな。。。と、ダディ君もそうかもしれないと言ってたし、実際お兄ちゃんの学校での課題などを見ていても、そう感じます。
繰り返しのドリルとかではなく、自分で興味を持った事に対して、調べて、それを書いて、状況によっては発表したり。クラスでも誰かが持ってきた物を使って、みんなでお話を考えたり。 知識として覚える事の他に、”個人の発想” や ”表現力(どのようにして自分以外の人に伝えるか)” ”リサーチ力” なんかも小さい頃から積み重ねている教育なのかなと感じます。 こちらの方が、与えられた物を詰め込むよりも、将来的には自分で何かを作り出したりできる力や、考え方の柔軟性が身につくように感じるなあ。。
もちろん、本読みなど、日々の積み重ねの学習もありますが、例えば、今週の宿題は、絵本のお話を使って、警察官になり犯罪レポートを作成するというもの。
絵本も自分で好きな物を選んで良い。
お兄ちゃんが選んだのは、赤ずきん。 犯罪者の名前、犯罪を起こした場所、どんな犯罪か、具体的に何をしたか、罰はどうするか。そんな内容でレポートを作成。
嘘をついた。食べちゃいけないものを食べた(おばあさんと、赤ずきん)。そんな事を書いてました。 読解力、表現力、発想力、色々組み合わさった宿題です。おもしろいなと思いました。
日本式の方が勉強をしている感じがして好きという方もいらっしゃいますが、私は個人的には、カナダの教育の方が将来的に実用的な力が身につくような気がしています。
それと、カナダの先生達(少なくとも、今までお世話になった先生方は)、褒め上手です。 できていない所を見つけて添削するのではなく、今できている事をきちんと評価してくれる。 褒められたらうれしいよね。大人でも。
きっと子供的には、”できて当たり前” 扱いされるよりも、小さな事でも ”取り組んだ”という事、がんばりを認めてもらえると、きっともっと頑張ろうっていう気持ちになんじゃないかな。 学ぶ意欲につながるよね!