今年は、日程的に都合のつかない人が多くて、こじんまりした会。
でも、じっくりと、深い話しも出来ました。
二つの印象に残る話。
健ちゃんが教えてくれた、人生のターニングポイント。
小学部から大学までともに学び、一緒に卒業したと思っていたのだが、
大学の途中でお父様が亡くなられ、大学を中退せざるを得なかったこと。
その後通信教育で、学んでいたが、
今一つ集中できなくて過ごしていた中、
玉川の本部で、母と出会ったそうな。
高校の頃、バザーの係りになって、その関係で母と話したことがあって、
それで母の記憶にあったのか、
「健ちゃんじゃない?」と母が声をかけたのだそうだ。
そこで、私の消息を尋ねたら
「良いご縁に恵まれて、嫁ぎました。」と母が答えたのだそうだ。
それを聞いた時、同期生の中には、もう結婚している人がいるのかと
ショックで、自分の生き方を反省し、
それから猛勉強し、通大も卒業、そして特殊教育の道をずっと歩んだ。
だから、あの時、私の母と出会ってなかったら、
また違う人生になっていたかのように、話してくれた。
私が、ボランティアのことを書いたホームページを立ち上げて以来、
連絡をくれて、いろいろ感想を寄せてくれ、
在学中はそんなに親しく話すことはなかったのに
心強い仲間と感じていたのは、そういう経緯があったのかと、
初めて知った。
今回の合宿の中でも、「ダウン症の子がね、リズム感がいいんだよ」、
とか、照れないで踊っているのは、そういう子供たちとバンド活動をしたりの
影響かなと思いながら見ていた。
卒業以来、50年近くたって、こんな話が出来たことも、嬉しかった。
もう一つは、まっぴょんの話。
母の話がでたところで、
自由研究展で、戦争のことに触れた展示の前で
母は、母の兄が経験した戦争の話をしたんだそうだ。
それを覚えていてくれたまっぴょんには、きっと印象的だったんだろうなと
今回そんな話題を思い出してくれたことが、不思議だった。
いろいろ、昔の話になり、
まっぴょんがバイオリンで活躍していたこと、
日比谷の公会堂で演奏したこと、
NHKの番組にも出たこと、その時、音楽の迫先生が
テレビ局の人に挨拶をする場面を見て、
学校の先生は偉いと思っていたのに、その先生が深くおじぎをして
話している人はもっと偉いんだと思った話とか、
それから、テレビの「私の秘密」に出たこと、等々、
面白おかしく説明してくれた。
バイオリンのS教則本の冒頭に、彼の写っている写真があって
俺だけ、カメラ目線なんだよ!には、
昨日、買い物ついでに楽器屋さんにより、
くだんの写真を確かめてきちゃった。
あの写真は、確かに面白い。ちょっとぼやけているけど
まっぴょんが、バイオリンをやっていた証拠だ。
まっぴょんは、中学2年で転校して、
その後は一緒になったことはなかった。
その頃、玉川で男子が進む大学の学部は限られていて
中学2年は、進学を目指す人には、選択を迫られる時だった。
確か、神奈川県の公立学校の試験のシステムが、
中二の成績だったか、テストを受けるかの手段を踏まないと
高校進学につながらなかったのだったと思う。
で、高校になってエレキギターを始めたので
バイオリンはやめちゃったのだそうだ。
バイオリンって、自転車と同じで、きっと身体が覚えているんじゃないかと
みんなで、また弾けばいいのにと、話したことだった。
なんか、楽しい話しだった。
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でも、じっくりと、深い話しも出来ました。
二つの印象に残る話。
健ちゃんが教えてくれた、人生のターニングポイント。
小学部から大学までともに学び、一緒に卒業したと思っていたのだが、
大学の途中でお父様が亡くなられ、大学を中退せざるを得なかったこと。
その後通信教育で、学んでいたが、
今一つ集中できなくて過ごしていた中、
玉川の本部で、母と出会ったそうな。
高校の頃、バザーの係りになって、その関係で母と話したことがあって、
それで母の記憶にあったのか、
「健ちゃんじゃない?」と母が声をかけたのだそうだ。
そこで、私の消息を尋ねたら
「良いご縁に恵まれて、嫁ぎました。」と母が答えたのだそうだ。
それを聞いた時、同期生の中には、もう結婚している人がいるのかと
ショックで、自分の生き方を反省し、
それから猛勉強し、通大も卒業、そして特殊教育の道をずっと歩んだ。
だから、あの時、私の母と出会ってなかったら、
また違う人生になっていたかのように、話してくれた。
私が、ボランティアのことを書いたホームページを立ち上げて以来、
連絡をくれて、いろいろ感想を寄せてくれ、
在学中はそんなに親しく話すことはなかったのに
心強い仲間と感じていたのは、そういう経緯があったのかと、
初めて知った。
今回の合宿の中でも、「ダウン症の子がね、リズム感がいいんだよ」、
とか、照れないで踊っているのは、そういう子供たちとバンド活動をしたりの
影響かなと思いながら見ていた。
卒業以来、50年近くたって、こんな話が出来たことも、嬉しかった。
もう一つは、まっぴょんの話。
母の話がでたところで、
自由研究展で、戦争のことに触れた展示の前で
母は、母の兄が経験した戦争の話をしたんだそうだ。
それを覚えていてくれたまっぴょんには、きっと印象的だったんだろうなと
今回そんな話題を思い出してくれたことが、不思議だった。
いろいろ、昔の話になり、
まっぴょんがバイオリンで活躍していたこと、
日比谷の公会堂で演奏したこと、
NHKの番組にも出たこと、その時、音楽の迫先生が
テレビ局の人に挨拶をする場面を見て、
学校の先生は偉いと思っていたのに、その先生が深くおじぎをして
話している人はもっと偉いんだと思った話とか、
それから、テレビの「私の秘密」に出たこと、等々、
面白おかしく説明してくれた。
バイオリンのS教則本の冒頭に、彼の写っている写真があって
俺だけ、カメラ目線なんだよ!には、
昨日、買い物ついでに楽器屋さんにより、
くだんの写真を確かめてきちゃった。
あの写真は、確かに面白い。ちょっとぼやけているけど
まっぴょんが、バイオリンをやっていた証拠だ。
まっぴょんは、中学2年で転校して、
その後は一緒になったことはなかった。
その頃、玉川で男子が進む大学の学部は限られていて
中学2年は、進学を目指す人には、選択を迫られる時だった。
確か、神奈川県の公立学校の試験のシステムが、
中二の成績だったか、テストを受けるかの手段を踏まないと
高校進学につながらなかったのだったと思う。
で、高校になってエレキギターを始めたので
バイオリンはやめちゃったのだそうだ。
バイオリンって、自転車と同じで、きっと身体が覚えているんじゃないかと
みんなで、また弾けばいいのにと、話したことだった。
なんか、楽しい話しだった。
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