融通無碍 翼を休めてみませんか

新温泉町浜坂にある日本キリスト教団浜坂教会の
牧師日記

人生の終わりに近づいた者の思い

2018年04月07日 | 日記

 今日明日は、日中の気温が10度前後、夜の最低気温が5度前後のようで、肌寒いです。新しい年度を迎え、最初の役員会の準備、総会の準備、提出物の準備に追われています。

 今週は、子どもたちの春休みに合わせて、週の初めに帰省していました。一泊二日でしたが、1年ぶりに91歳になる父親の顔を見ることができました。父母とも元気でした。

 91歳になって介護なしに自分のことができるのは幸せなことと思います。それも、あと数年のことではないかと思います。その父親が昨年あたりから、しきりに自分の戦争体験について話すようになりました。

 父親ということもあり、今までそんな話題をこちらから聞いたこともありませんでしたし、向こうから話すこともありませんでした。けれども、あと人生も残り僅かと思うようになって、子どもや孫たちに戦争の悲惨さ、無意味さ、無責任さを伝えたいとのことです。

 じっくりと、正確に聞き取ることはできなかったのですが、大体の流れは分かりました。最後は特攻に志願し、そのための船舶が朝鮮にあるとのことで、民間の貨客船に乗って下関から出港した間近に、機雷に当たって船が沈没したそうです。奇跡的に助かりましたが、沈没した船には朝鮮に帰る人たちがたくさん乗っていたそうです。それから、原爆の投下された広島を経由して帰って来た後、終戦を迎えたようです。

 特攻に志願した時点では、おそらく上層部では状況が分かっていたはずでしょう。この部分だけ聞いても、戦争とは無意味で無責任なものだと思わされます。正に、命拾いというものです。

 気がつけば、私も親になっています。仮にこれから戦争が起こったとしたら、犠牲になるのは子どもや孫になります。戦争の無意味さ、無責任さ、悲惨さを自覚し、そのことを伝えることだけは一人前でなければと思います。

 

 

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